第4話 面談
26日目
今日は特に書く事がありません。
27日目
今日も特に書く事はありません。
28日目
今日も特に書く事が無いので、学園長の事について書きます。
本当はあまり思い出したくない出来事なのですが、度々日記にも名前が出てきますし、メンターにも知っておいてもらった方が良いかもしれないので、出来るだけ正確に、学園長と初めて会った時の事を記録しておきます。
私が学園長に呼び出されたのはここに来て4日目の事でした。実は前日にユウヒも学園長室に呼び出されていて、戻ってきた時何があったのか聞いたのですが、口止めされているようでした。
学園長室は教室の2倍ほどの広さがありましたが、木箱やケースの並ぶ棚が所狭しと置かれており、むしろ狭く感じました。その部屋の真ん中で本を読んでいたのが学園長でした。
担任の先生の案内で入ってきた私に気づくと、学園長は本をぱたりと置いて「こちらに」とだけ言って私を近くに呼びます。それを合図に先生が部屋から出て行き、2人きりになりました。
「タマル。名づけはメンターの田秀作。間違いないか?」
私は頷きます。
学園長は濃紺のロングヘアーに金色の瞳をしていて、年齢は3年生よりも更に上に見えました。学園の物でも無ければ戦闘用スーツでもない制服を着ていましたが、私はそれに見覚えがありました。
「私はアイ。この学園の最高責任者でありA-I系の覚醒者だ」
それはPVDO本部に居た時、管理人エフや案内人エルが着ていた制服でした。白シャツの上に黒ベストで、ネクタイはしていません。
「新入生には、1人1人こうして面談のような物をしてもらっている。何、緊張しなくてもいい。いくつかの質問に答えてもらい、そちらから質問があれば答える」
口調は淡々としていて、まさに大人の女性という感じでした。見た目は大きく違いますが、その冷静で落ち着いた感じは管理人エフに似ていました。
「では早速質問だが、君はメンターの事が好きか?」
「いいえ」
「……即答か。何か酷い扱いを受けたか?」
「というより、好きの意味が分かりません」
私の答えに学園長は訝しげな表情をしていました。もしメンターがここにいたら毅然とした態度で私の言葉を聞いてくれているはずです。
「お世話になりましたし尊敬もしています。でも別に好きという訳ではありません」
私は正直に続けます。メンター、読んでくれていますか? 私は学園長の質問に正直に答えました。
「嫌いという訳ではないですが、これといった感情はありません」
「では質問はこれで終わりだ。もう帰っていい」
「分かりました」
と言って帰れば良かったと後悔しています。でもこの時の私は愚かでした。
「こちらからも質問いいですか?」
「ええ。どうぞ」
「A-I系の覚醒者である学園長には、例えば何が出来るんですか?」
単純に気になった事を聞きました。覚醒者という概念は聞いていましたが、その詳細までは知りません。私達の上位の存在であるという事は明らかですし、3年後に戦う相手が覚醒者であるのも分かっていたので、情報が欲しかったのです。
「A-I系能力は非生物の召喚。その覚醒者である私は、簡単に言えば『何でも作れる』だから私は職人と呼ばれている」
管理人エフ、案内人エル、職人アイ。この3人がPVDOの幹部であり、私達の上司という事になります。
「例えば、お前達に能力を付与する注射器も私がここで作って、1年に1回本部に届けているし、お前達が着ている戦闘用スーツもそう。お前達の身体の一部であるという属性を持った状態で召喚しているから、例えば『アンタッチャブル』を発動しても服だけ脱げるという事がない」
言われてみれば確かに、戦闘用スーツは能力の対象にもなりませんし破壊も出来ません。ここで作られていた事は初めて知りましたが、覚醒者の手によるものであるならば納得しました。
「知っての通りこの学園は外の世界と時間の流れにズレがある。ここでの1年は外での10日。だから私は10日で1年分の働きをしてPVDOに貢献している。学園長という肩書きはそのついでだ」
確かにそれは合理的なアイデアのように思いました。
「他にも私はお前達のリクエストに答えて変わった衣装やアクセサリー、どうしても必要な物があればこの手から召喚している。何か欲しい物があれば言いなさい」
頼もしい台詞が似合う凛々しい雰囲気。私は疑問に思った事を尋ねます。
「そこまで強力な能力者ならば、ご自身で『裏の世界』に行く事は考えないのですか?」
学園長は動じず、
「残念ながらルールはあちらが握っている。その内担任の先生から話があるだろう」と簡素に答えました。
この時点で、私はすっかり学園長を信頼していました。理路整然とした口調と、魅力的で大人な見た目、そして私達を遥かに超越した能力。この人の役に立ちたいとさえ思い始めていたのです。
「それともう1つ、私には重要な任務がある。それは……」
学園長が声を潜めて、私を手招きしました。誰かに聞かれていないかを警戒しているような素振りです。私は迂闊にも近づき、耳を傾けました。
すると、学園長は私の後頭部を押さえると、突然唇を重ねてきたのです。それと同時に、学園長の舌が私の唇を割って口内に入ってきそうになってきました。
タマルの発動。
C-22-M『スライド』
一定速度で地面との平行移動が出来る。
急加速で学園長から離れました。何をされたのか分からないまま、制服の袖で口を拭く私に、先ほどまでクールだった学園長は椅子に座りながら笑い転げていました。
「ぎゃははは! ナイス反応よタマルちゃん! ん~唇もとっても良いお味。だけど体育館以外での能力発動は厳禁だから注意してね。今回は見逃してあげるけど」
あまりの豹変ぶりに私は言葉を失っていました。今のはキスだ。理知的な女性だと思っていた学園長がただの変態だった。挙句の果てにはその変態に注意された。雪崩のような事実に押しつぶされそうになりながら、私は部屋から脱出しました。そんな私の背中に学園長が声をかけます。
「メンターの事が好きじゃない子はもっと淡白な反応をするのよ、タマルちゃん」
うっせ、と思いました。それから更に、
「キスの続きがしたかったらいつでも声をかけてねタマルちゃん。もしも私が気に入ればご褒美もあるかもね」
あの時の事を思い出している今も、私は冷や汗を流しています。
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