第47話 狂気に満ちた少女
「レジー先輩、お話が出来たんですか?」
私の口から出た質問はちょっとズレていて、それに私自身も気づいていましたが、素直な驚きを声に出さずにはいられませんでした。目の前にいる泣き虫な少女はH-S系の覚醒者で、瞳と涙にはレジー先輩が今見ている風景が反射して映り、その口を借りてレジー先輩が喋っているのです。
「私はそこで『言葉』を捨てた。だから現実世界での私はもう『言葉』という概念が理解出来ない。それは口に出せなくなったというだけではなくて思考においても同じ。言葉を使って考えられない。想像出来る?」
少し考えて「いえ……」と答えましたが、今私がしたこの行為すら出来なくなっているというのはやはり想像がつきません。
「『言葉』を捨てた事によって、脱出が出来たんですか?」
「いいえ、違う。『言葉』は確かに大切だったけれど、自分自身程ではなかった。だから失いはしたけどこうして仲介人の口を通じてあなたと話が出来ている。他にも、私は『能力』もそこで捨てた。見て」
振り向くと、そこに一頭の虎が座っていました。もちろん、私が『猛獣使い』を発動させた訳ではありません。
「その穴に落ちて」
仲介人エス、いえレジー先輩がそう命令すると、虎は言われた通り穴に落ちて消えました。マイ先輩のような「意思疎通」のオプションまで持っているようです。
混乱しつつも私は、優先すべき質問を思いつきました。
「仲介人エスの能力は、一体何なのですか?」
「はっきりとは分からない。だけどH-S系統は自分の存在を特別な物にする。だからこの子は、生きているのと同時に死んでいて、どこにもいないのにどこにもいて、誰のものでもあるし誰のものでもない。そんな不安定な状態にあると考えるのが妥当」
私は頭を抱えます。レジー先輩なりに噛み砕いて伝えてくれているのは何となく分かるのですが、『言葉』を捨てるという概念にもまだ引っかかっているのもあって、理解が進みません。
「結局、レジー先輩は自分自身を捨てたんですか?」
少しの間を置いて、レジー先輩が答えます。
「……いいえ。私は最後までその穴に身を投じる勇気が持てなかった」
「では一体どうやってここから脱出を?」
「大切な人を捨てた。それが誰だったかは、こうしている今も思い出せない」
大切な人、と聞いて私が反射的に思い浮かべたのはメンターの顔でしたが、冷静に考えてみるとそこまででも無いかな、という気がしました。メンターの部屋の家具を捨てた所で意味は無さそうです。カリス先輩の写真を捨てた方がまだ可能性があるとすら思いました。
しかし、自分よりも大切かと言われれば、それに自信を持ってはいと答えられる程私はロマンチストではありません。確かに大切ではありますが、それとこれとは別なような、薄情ですが正直な意見です。いえ、例えば目の前でカリス先輩が殺されかけていたら、咄嗟に身体が動いてしまうというような事は十分あり得るのですが、自分から捨てるというのはまた少し違う気がして。
かと言って、他の候補にあげられるユウヒやミカゲも、あるいは持っている能力自体も、天秤の片側に自分自身の存在が乗っている限りはまだ軽いように感じました。
「……私は、覚醒者になるしか無いのでしょうか?」
私がそう尋ねると、目の前にレジー先輩はいなくなっていました。代わりにいたのは泣き虫の少女、仲介人エスです。
「お話、終わった?」
「う、うん。終わったよ」
相対しているのがあの恐ろしい覚醒者達の1人であるという事は頭で分かっていても、なかなか強くは出られません。目の前にいるエスは、どこからどう見てもかわいらしい少女にしか見えないからです。
私をここに呼び出した、不安定な存在。仲介人。何かを捨てないと出られない部屋。レジー先輩から教えてもらった事を何度も反芻しながら、私はどうすべきか悩みます。
選択肢。
まず1つは、私自身を捨てて8人目の覚醒者になる事。管理人エフの元になった少女のように、私自身はおそらく消滅しますが、ここから確実に脱出する事が出来ます。それに、戦力としては私より遥かに上です。しかしながら、果たして覚醒者の人格を上書きされた私が、外に出てメンターの世界を救うかというとちょっと疑問が残ります。何せそれは既に私ではないのですから、どんな考えを持っているかが分かりません。
例えばPVDO側を裏切って裏の世界に行ってしまう可能性も無くはない訳です。
それでもきっと、PVDOに所属する覚醒者3人がかりなら、そうなる前に何とかなるとは思います。1人より3人の方が強いというのは単純な力関係の話です。ただしその場合私は無駄死にという事になります。
もう1つは、私自身よりも大切な物を見つけ、それを捨て去る事。レジー先輩はそれが分からずに多くの物を失ってしまいましたが、幸いな事に私はそのレジー先輩からたった今こうしてアドバイスを頂きました。自分より大切な物。それがはっきりと分かるまで考え続けた方が良さそうです。
自分を捨てるか、自分より大切な物を捨てるか。
元々、学園に来た目的の1つが覚醒者になる事であるのならば、私自身を生贄にする事が最も正しい事のように思えます。ただ、正直に言います。生きていたいです。他の方から見ればくだらない命かもしれませんが、それを捨てたくはありません。
ふと、部屋の中に「あれ」が無い事に気付きました。この部屋の中にある物は、全て私の人生を形作っている物ですから、「あれ」が無いのはいかにも不自然です。
「ちょっと質問してもいいかな?」
「……うん、なに?」
「この部屋、『甘いもの』が見当たらないみたいなんだけど、知らない?」
エスはぽかんとした顔で私を見ていました。
そしてさらっと言いました。
「さっきお姉ちゃんが自分で食べてたよ」
え!?
私は狼狽しました。ここにいた時より、レジー先輩が現れた時より、正直言って驚きました。食べた? 私が?
「寝ぼけながらシュークリーム見つけて、食べてた」
エスが嘘をついているようには見えません。私は、私自身の精神世界においても私の暴走を止める事が出来ず、無意識のままシュークリームを貪り食べていたようです。唇を舐めると、ほんのり甘味が残っていました。
「えっと……こういう場合どうしたら……」
腰砕けになり、震える両手をどこともなく彷徨わせる私に対して、エスは尋ねてきました。
「あれ、そんなに美味しいの?」
「それはもちろん。もしかすると私自身をより大切な物かもしれない……」
これは冗談でも何でもありません。シュークリームさえあれば、それを穴に投げ捨てて出られたのかもしれないのです。
「お姉ちゃん、面白いね」
気づくとエスが泣き止んで笑っていました。いや面白くも何ともありません。私は真剣です。
「それなら、私が出してあげるよ」
そう言ってエスが手をかざすと、目の前にシュークリームが現れました。メンターに食べさせてもらった物にそっくりで、私が自分で作った物よりも遥かに美味しそうでした。
「……ちゃん、お姉ちゃん。お姉ちゃん!」
呼ばれて、また我に帰りました。私はまた反射的に、目の前に現れたシュークリームを頬ばろうとしていたのです。
シュークリームを掴んだ右手を自分の左手で止めて、目はおそらく血走っていた事でしょう。歯ぎしりをしながら必死でその誘惑に耐えました。このシュークリームは、もしかすると捨てなければならない物です。食べる訳にはいきません。理性が必死に説得しますが、私の中のスイーツモンスターが心を生クリームで白く染めていきます。
「はぁ……はぁ……だけどこれを……これを捨てるなんて、私にはとても……」
シュークリームを掴みながら必死になっている私の様子は、エスから見ればさぞかし滑稽に見えた事でしょう。気づけばエスは、あの時のイツカちゃんのように笑っていました。
「大丈夫だよ。好きなだけ食べて。アイの力を借りればいくらでも出せるから」
その言葉を聞いてから、次に気がつくと、私は全裸で生クリームまみれになって横になっていました。失った意識の中で、更に意識を失うとはどういう事か私にもよく分かりません。
というか、何で私は制服を脱いでるんでしょうか。
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