第46話 7人目の覚醒者

 縦横1mおきに白線の入った床は、PVDOの対戦に使われるデフォルトの戦闘エリア。見覚えのあるベッドと、能力バトルものの漫画ばかりが並んだ本棚はメンターの部屋にあった物。学園の寮で私が使っている机には日記とテーブルランプ。これまでの居場所が混ざった、奇妙な空間に私はいました。


 明らかに私の物ではない物もありました。床に突き刺さった『斬波刀』はおそらくミカゲの物ですし、日記の隣に置いてある眼鏡はユウヒの物です。フォトフレームに入ったカリス先輩の後ろ姿の写真や、押すとイツカちゃんの声がする笑い袋。他にも、クラスメイトに馴染みのある物がその辺に雑多に転がっています。


 しかしこの部屋で最も不可解なのは、部屋の隅っこで泣いている1人の少女の存在でした。


「こんにちは」

 私は既に、ここが現実世界では無い事に気づいていました。学園でもなく表でも裏でもなく、私だけの世界である事が分かっていたのです。場所と、置いてある物がちぐはぐな事から推論したというよりは、連れてこられたのではなく初めからずっと自分のいた場所だと思ったのです。だからこそ、唯一見覚えのないその少女だけが異質でした。


「どうして泣いてるの?」

 挨拶は無視されましたが、出来る限り優しく尋ねると、少女が顔をあげました。透き通るような白い肌に、薄紫の髪、年齢は私達より遥かに幼く見え、小学校の低学年と言われても違和感はありません。


「分かんない……」

 その少女は答えました。涙を零しながら、嗚咽混じりに。その声で、私は授業中に意識を失ってここにいるのを思い出しました。その直前に、この子の泣き声を確かに聞いていたのです。


「お名前は分かる?」

 とにかく優しく、怯えさせないように訊くと、返ってきたのは意外な答えでした。

「セリファドゲル」

 その名を聞いて、私はここにいた瞬間から抱いていたある瞬間の覚悟をより強くせざるを得ませんでした。

「……覚醒者なのね」


 泣きじゃくる覚醒者エスを宥めつつ、私は少しずつ情報を聞き出しました。やはりここは私の内側、いわば精神世界とも呼べる空間であり、現実での私は自室か保健室のベッドで寝込んでいるはずです。以前聞いた、レジー先輩とエフが覚醒した時の話に似ていますし、おそらく2人にも同じ事が起きたのでしょう。エスは何が悲しいのかずっと泣いていて、なかなか話の要領を得ませんでしたが、分かったのはエスだけがこの空間において独立した存在であるという事だけです。


「ねえ、教えて。どうやったら私はここから出られる?」

 エスは無言のまま、すっと指をさしました。それは部屋の床にぽつりとあいた穴でした。おそるおそる覗き込んでみても底は見えず、声を出してみても吸い込まれていくばかりでした。大きさはマンホールと同じくらいで、人が1人すっぽり入れるだけの余裕はあります。


「みんな、大切な物をそこに捨てていくの」

 エスの言葉に振り向くと、相変わらず涙は流していましたが、その内側でほんの少し笑っているようでもありました。

「もしもそれがあなた自身よりも大切な物なら、それは失うけれど出られるよ」

 自分より大切な物を捨てる。


 その言葉を聞いた瞬間に私は気付きました。

「私が私自身を捨てたらどうなるの?」

「私と、友達になれる」

「……エフはあなたの友達?」

「うん、もちろん」


 何となくですが、この場所におけるルールを理解してきました。部屋の中には穴が1つ。もしも落ちればもうおそらく2度とは戻ってこれません。部屋の中にある物なら何でもそこに捨てる事が可能で、それが私以上に大切ならばここから出してもらえる。でも私自身を捨てれば、覚醒者になれる。


 覚醒者エス。彼女が敵か味方かなのかは分かりませんが、どうやら私にとっては危機的状況のようです。


 ふと、エスの目に何かが映っているのに気付きました。私の方を向いているはずですが、映っているのは私ではありません。私はゆっくり近寄り、エスの顔に触れます。「ごめん、ちょっとだけ目を見せて」と言って覗き込むと、そこに映っていたのは見た事のある学園の一室でした。忌々しい記憶と共にあるそれは学園長のいる部屋。涙のせいで歪んでいますが、確かにそこは学園の学園長室でした。


「これは一体……」

「タマル、選ばれてしまったのね」

 先ほどまでのおどおどした子供っぽい口調とは異なり、明確な意思を持った先輩のような口調です。驚いている私に、エスの口は続けます。


「私はレジー。かつてそこに呼ばれ、全てを失った者」


 レジー先輩。もちろん声や口調は初めて聞きました。


「覚醒者セリファドゲル。またの名を、仲介人エス」




―――告知―――

 本編の途中ですが、別ページのPVDO ~アリーナ~にて「クエスト」という新しいレギュレーションのPBWが始まりました。示された9つの能力の中から3つを選ぶだけで遊べる形式になっていますので、良かったら参加してみてください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054885854940/episodes/1177354054885969632

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