第48話 割と重要な話

「真面目な話をしましょう」

「それをお姉ちゃんが言うの?」


 タオルをもらって身体を拭いた私は、エスの前に座り直しました。先程までの自分の状態を思うと、気まずいというかいたたまれない気持ちになりましたが、問題は何1つ解決していません。今は少しでも情報を集めて、最善の選択をしなければならない時です。ふざけないで下さい。


「あなたの事、聞かせてくれないかな?」

「良いけど、お姉ちゃん程面白くないよ」

 完全にギャグ要員として見られている事は屈辱でしたが、泣き止んでくれただけでも収穫ではあります。私はエスの話に耳を傾けながら、日記にメモを取っていきました。


 で、結構凄い事が分かりました。

 というか、現時点において私がこれを知ってしまって良い物なのかどうかが判断出来ないレベルです。例え無事にここを脱出出来たとしても、消されてしまうのではないか、と思ったくらいです。

 ただ、これはあくまでもエスの証言による物なので、他の覚醒者からすれば異論がある物なのかもしれません。


 かつて12人の覚醒者は「裏の世界」で暮らしていました。と言ってもそこは私達が授業で習った場所、つまり現実世界のコピーのような空間とは大きく違っていて、もっと殺風景な空間だったそうです。12人の覚醒者はそれぞれ12系統の力を持っていましたが、何故自分たちが生まれたのか、何をする為に存在しているのかは分かりませんでした。


 そんな12人の前に、ある日1人の男が現れました。男は覚醒者達にこう告げます。


「君たちの中から3人を選び、『神』を作る」


 エスの言葉を遮って、私はどうしても気になって聞き返します。


「……神?」

「そう言ってた」

「えっと……神を作ってどうするの?」

「知らない」


 問題なのは、12人中の3人しか残らないという点です。男の突然の提案に対して、半数の覚醒者が反対しました。もう半数の覚醒者は賛成しました。


 そして結局、殺し合いになりました。

 覚醒者同士の戦闘は裏の世界において途方もなく長く続き、その間に地球では人類が誕生し、文明を築き上げました。


「ちょ、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「これって……神話?」

「知らない」


 やがてその戦いに生き残ったのは、賛成派のダブル、ティー、ジー。反対派のアイ、エルの合計5人でした。人数の不利を悟ったアイとエルは、危険を犯して次元を飛んで逃げ出し、エフを復活させてPVDOを作った。


「あなたは?」

「私は1番最初に殺された。でも元々生きていて死んでるから助かった」

「……ん?」

「うん」


 そして神を作ろうとしている男は今、PVDO側に力を貸している。


「待って。まさかと思うんだけどそれって、私達を作っている奴?」

「お姉ちゃんには生まれた時の記憶がある?」


 ありません。


 気づくと私はメンターの家にいて、必要なやりとりを行いました。誰かに命じられたかも忘れたのに、言うべき事と尋ねるべき事とすべき事は全て分かっていました。私の意識は、あの瞬間突然に現れたのです。


 ですが、別段ショックではありませんでした。私がいわゆる通常の人間ではないのは最初から分かっていた事ですし、出生、というか発生の秘密が分かった所で、今更その心境には何の変化もありません。メンターとの会話や、学園での暮らしが今までの私の全てなのです。


「男の目的が3人を選んで神を作る事なら、戦いに勝った時点でダブルとティーとジーに決定しているのでは? というより、何故反対派であるアイとエルに力を貸すの?」


「男が欲しいのは完璧な神。他覚醒者の殺害は2番目。最善は、他の9人が認めざるを得なくする事……と、言ってた」

「言ってた?」


 ここに来て段々と分かってきた事なのですが、このエスという少女は、どうも「ここだけに存在している」という訳ではないようなのです。私の目の前にいて、喋って、泣いて、笑っているエスは確かにエスで間違いないのですが、その一方でエスは私達の中全てに存在していて、口に出した事であるとか、持っている能力だとか、そういう物を全てのエスが共有している状態にあります。


 レジー先輩の、どこにでもいてどこにもいないという表現はまさしくこの事を指していて、H-S系統の特殊性が極まっているとも言えます。


 つまり、意識を失った私が精神世界においてエスが出会いに来たというよりは、以前からずっといたエスを意識を失った私がようやく認識出来た、という事になります。そしてこれがまさに、エスが仲介人と呼ばれる所以。全ての少女の中に存在し、全ての少女の間を取り持ち、自分はどこにもいないという役割なのだと思われます。


 そんなややこしい事情はさておいて、いずれにせよ私は決めなければなりません。何を犠牲にするのか、何を捨てずにおくのか。


「お姉ちゃんは私と友達になってくれないの?」

 やっと泣き止んでくれたのに、こんな事を言うのは気が引けましたが、嘘はつきたくありません。


「……うん。私には戻る場所がある」


 エスの顔が、スローモーションで歪んでいきました。まばたきの度に水が溜まり、やがて張力が重力に負けて零れ落ちます。


「エスちゃん。もっとお話を聞かせて」

「どうして? 私とは友達にならないんでしょ?」

 少し拗ねたような口調は子供その物です。

「私も一緒に泣きたいから、もっとエスちゃんの事を知りたいの」


 私は何となくミカゲの事を思い出していました。


「……じゃあ、いいよ? お話しよ」

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