第49話 帰還

 私の判断が正しい物なのかどうかは分かりません。いえ、おそらくは間違っていますし、例え全てが上手くいったとしても何らかの責任を取る必要があるのは覚悟しています。

 同級生、先輩後輩から軽蔑されるかもしれません。先生や学園長からは失望されるかもしれません。もしかしたらメンターでさえ、私を嫌いになるかもしれません。


 だけど、私がこれまで触れてきた世界は私に優しすぎました。


 自分自身を捨てるという選択がどうしても出来ません。かと言って、私には私より大切な物というのが分かりません。


「それでね、ベスティマイルお姉ちゃんはとっても強いんだけどライタンハイトお姉ちゃんには絶対近づけないの。だからいっつも怒っていて、拳で地面を割ったり、山を崩したり大声で叫んだりしてるの」

 ベスティマイルがC-B系統の覚醒者ビーであり、ライタンハイトがA-R系統の覚醒者アールである事は分かりましたが、覚醒者同士の戦闘というのが一体どういう物なのかは想像もつきません。PVDOの試合においても、たまに能力の組み合わせによっては大技のような物が披露される事はありますが、おそらくはその規模すら超えているのでしょう。

「それでそれで、いっつもヴィセシガルパお姉ちゃんが2人を止めて間を取り持つの」

 エスは楽しそうに話して、私はそれに相槌を打ちました。


 私がここに閉じ込められて、一体どれくらいが経ったのか自分でも分かりません。数日な気もしますが、数ヶ月経っていると言われても違和感はなく、数年までは行っていないと思いますが、確信は持てません。この場所ではお腹もすかず、眠くもならず、時の流れも波を打つように不安定でした。


「エスは寂しいから泣いていたのね」

 話を聞いていて私は気づきました。覚醒者の中でもおそらくかなり特殊な方であるエスが見る景色は、私の想像力では到底追いつきませんが、それでも分かるのです。誰の中にもいるという事は、誰の中にもいないという事。

「今はタマルお姉ちゃんがいるから寂しくないよ」

 エスがそう言って無邪気に笑いました。私は曖昧に頷いて、1つのお願いをします。

「ねえ、もう1度レジー先輩と喋らせてもらえない?」


 エスは少し眉尻を下げて「いいよ」と言ってこっちを向きました。


 私は再びエスの顔を持ってその瞳を覗き込みます。水面に語りかけます。


「レジー先輩。タマルです」

「……もう決めたみたいね」

「はい」


 私は深く息を吸って続けます。

「私はここから出て行きます。自分よりも大切な物を捨てて」

 レジー先輩はエスの口を借りて答えます。

「あなたの決定を尊重する。私達は所詮作り物の命だけど、だからこそ自分の気持ちに嘘をついたら駄目。戻りたいんでしょう? 私もそうだった」

「……はい」

「何を捨てるかは決めた?」

 私はじっとエスの瞳を見て頷きます。

「幸運を祈ってる」

「あの、レジー先輩」

「何?」

「レジー先輩が捨ててしまった大切な人は、今もレジー先輩を大切にしていますよ」

「……そう。それは良かった」


 そしてエスの瞳に普段の色が戻りました。泣き顔は深刻さを増して、そこに別の気配が漂い始めました。怒りです。


「ここから出て行くって本当?」

「うん。エスとはお別れになる」

「そんなの許さない。タマルお姉ちゃんは、私の新しいお姉ちゃんになるの」

 エスが私を突き飛ばして、離れていきました。


 エスの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 エネルギーが溜まり始めます。私も同じ構えを取って能力を発動させようとしましたが、どうやら能力は封じられているようです。


「この場所はタマルお姉ちゃんの部屋でもあるけど私の部屋でもある。だから代わりに使わせてもらうよ」

 エスが好戦的な笑みを見せました。それはここに来て初めて見る表情でした。

「エス。乱暴はしたくない」

「ふーん、そう。でも出て行くんでしょ? 自分自身よりも大切な物が見つかったのね。それは何?」


 私はじっとエスを見て答えます。

「あなたよ」


 エスの手の平のエネルギーは溜まり続けて、おそらくは私を破壊するまでに成長していました。私は能力を奪われています。この空間の中で死ねばどうなるかは分かりませんが、少なくともエスは本気のようでした。


「私の話を聞いてくれたのは、私を捨てる為だったの?」

「違う。信じてもらえないかもしれないけど、あなたと話すのは楽しかった。年の離れた妹が出来たみたいで、ただただ愛らしかった」

「……でも捨てるのね?」

「……私は、メンターとみんなの所に帰りたい」


 エスの発動。

 C-22-M『スライド』

 一定速度で地面との平行移動が出来る。


 私に向かって突撃してきました。『チャージショット』を確実に当てる為の行動だと持ち主である私には分かります。次の瞬間には『フリーズ』が発動し、私の身体が硬直、その後決着を迎えます。


 以前、私が初めて学園長室に呼び出された時、学園長に猥褻な行為を受けたのは覚えているでしょうか。その時、私は自分の能力を使って抵抗しましたが、呆気なく捕らえられました。


 その時に使われたのは、巨大化する奇妙な輪ゴムです。学園長は事もなげにそれを召喚して、私に向かって放ちました。


 その輪ゴムが今、私の指にかかっています。


「ごめん、エス」


 エスが私の能力を使えるのと同じように、私もエスの能力を使いました。エスは驚いた様子でした。私はエスの、アイの能力を借りるという能力を借りました。本来アイの許可が必要な物ですが、私にはここに来る前に1つだけアイの能力に対するリクエストが可能になっていました。前回のシューティングレースで優勝した賞品です。


 輪ゴムは放たれ、学園長室で私がなったのと同じ状態にエスがなりました。ゴムで身体をぐるぐる巻きにされて、床に倒れたのです。


 私はエスの身体を起こし、無言のまま穴の前まで連れて行きました。


「タマルお姉ちゃんも私を1人にするのね」


 気づけばエスは泣き止んでいました。何かを悟ったように、穴の底を見ています。


 あと一押しすれば捨てられる。その時、私の心に躊躇が生まれました。


「出られるといいね」


 そう言って、エスは自ら穴の中に落ちていきました。


 次の瞬間、私はベッドの上で目を覚ましました。

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