第12話 変更(中編)

「ご、は、ん」

「ヴォ、バ……」

「ご」

「ヴォ」

「は」

「バ」

「ご、は、ん」

「ヴォ、バ……」


 狭い部屋の中。椅子に縛りつけられた1匹のジーズ。両腕、両脚、両眼、両耳、そして大きく裂けた口と、部分のみを列挙すれば人間に非常に近いが、プラスチックとゴムの中間のような質感の白い肌と、球ではなく面のような眼はやはり異質であり、これを前にして意思疎通を試みるタムの行動は周囲から見れば無謀に思えた。


「ご、は、ん」

「ヴォ、バ……ン」

「よーしよしよし、よく言えた。偉いぞ」


 そう言って大きく頷きながら、笑顔でレーションをジーズの口元に運ぶ。ジーズはそれをむしゃむしゃと頬張り、鼻息をふがふがと鳴らしている。


 ノックの音。

「失礼します」

 入ってきたのはシャルル。タムと捕らえたジーズを交互に見て顔をしかめる。

「もう1度お聞きします……本気ですか?」

「何が?」

「ジーズとの意思疎通です。そんな事が可能だとは到底思えませんよ」

 シャルルの意見は冷静で客観的だった。

「そりゃもちろん、これまでのジーズなら不可能だろうが、この新しいタイプは独自の意思を持っている。意思があるなら疎通も可能だというのが私の意見。餌もあるしな」

「……100歩譲って会話が出来るようになっても、この個体が重要な情報を持っている可能性は低いと思われます。知能もかなり低いようですし」

「そりゃそうだ。私だって別にこいつと仲良くお話したい訳じゃない」

 シャルルが僅かに首を傾げ、タムは続ける。

「何も言葉だけが情報源じゃない。実際、この3日でかなりの事が分かった」


 旧来のジーズは食事を必要としない。形としての口は持っているが、それは何かを食べる為ではなく、噛み付いたり鳴き声をあげて連携を取る為についているだけであって、そもそも口が無いタイプもいる。活動に消費するエネルギーは全て召喚時にジーから与えられた物であり、他C-G系能力と同様に生物としての「寿命」が存在する。それはタイプによって違うが、おおよそ1週間から1ヶ月程度と見られ、それが過ぎると死亡する。

 だがこの新型ジーズは、食事のみならず排泄までする事が分かった。それだけでも大きな収穫だが、食事にも好き嫌いがある事まで判明した。今もタムが与えているレーションは好んで食べ、嫌いながら食べるのは仲間であるジーズの死体だった。


「そう、共食いするんだ。これで毎日の無謀な突撃の理由が分かった」

 決まった時間に決まった数のジーズが攻めてくる。そのほとんどが死ぬ事になるが、中には生き残って拠点に逃げ帰る個体もいる。そうして淘汰された個体にのみ共食いの権利が与えられ、延命するというのがタムの推理だった。

「おそらく、無闇に数を増やしても兵糧が無いからそれを維持出来ないんだ。だから、ある程度の数が溜まったらここに攻めさせる。生き残った奴だけに食事用の仲間を提供する。同時に過酷な訓練も受けさせながら、強い軍隊を作っていく」

「それは何ともおぞましいですわね」

 いつの間にか部屋に入ってきていたユウヒが言った。

「考察も結構ですけど、今日も奴らが攻めてきましたわ」

「普段通りの対処でいいだろ。……どうした?」

「そうしたい所ですが、今日はちょっと様子が違うような……」

 


 ユウヒが言い終わる前に、3人と1匹の目にカウントダウンが表示された。


 ???の発動。

 H-21-W『ワールドエンド』

 全ての生物の寿命を残り1分に設定する。目を瞑っている間はカウントが止まる。


「何だと!?」

 全員がほとんど同時に声をあげた。3人とも咄嗟に目をつぶり、カウントを止めるが、混乱している。タムが無線のスイッチを入れた。

「異常事態発生。迎撃班は普段通り迎撃。『ワールドエンド』の制限時間ぎりぎりになったら次元結晶で本部へ戻れ。他のチームは目を瞑りつつ出来る限り『ワールドエンド』の発動元を探せ」

「ですがH-W系能力の発動者が近くにいる保証はありません」

 と、持ち前の冷静さ取り戻したシャルルが指摘する。

「そもそもH-W系能力が裏の世界で発動している事自体がイレギュラーだ」


 裏の世界において、HーW系能力及びCーL系能力は発動自体が出来なくなっているというのがダブルの設定したこれまでのルールだった。だが、間違いなくカウントダウンは始まっており、それはルールが変更された事を意味している。


「シャルル、ついてこい」

 と、タムが声をかけると、ユウヒが若干慌てた様子で尋ねる。

「わ、私はどうします?」

「お前は対多数には向いてない。そこのジーズの目を抑えておけ」

「はぁ!? さ、触るのも嫌なのですけれど」

「そいつを殺したらお前にもジーズの死体を食わせるぞ」

「ちょ、ちょっと待つのですわ!」


 『ワールドエンド』が発動している以上、視界は1分しか持たない。この1分を有効活用するにはシャルルの能力が必要不可欠だった。

 シャルルが目を見開き、カウントダウンが再開する。


 シャルルの発動。

 A-39-T『ペーストフィール』

 触れた部位に自身の目、鼻、口、耳いずれかのコピーを貼り付ける。


 既に拠点の内外問わずあちこちにシャルルの「眼」が仕掛けられている。これは監視カメラとしての役割はもちろんの事、緊急時には『ビーム』を発動する事によってセントリーガンのようにも機能するが、今はまだ使わない。この状況で優先すべきは、『ワールドエンド』の発動元を特定する事だった。


「巡回に出ているチームは『ワールドエンド』の影響を受けていない。どの程度の範囲かまでは分からないが、全世界でない事は確かなようだ。見つかったか?」

「この数の中に潜まれていたら無理ですよ。どれが能力を持っているかなんて、分かるはずがありません」


 建物を取り囲むようにしていつもよりかなり多めの300体程度のジーズが群れをなしている。その中の少なくとも1匹が『ワールドエンド』を持っているはずだが、特定は難しい。


 だが、既に動いている優秀な者達がいた。


「いくぞ、ビュティヘア」

「ミカゲさん」

 ミカゲとビュティヘアのコンビが大軍に切り込んでいく。


 残り時間30秒。

 もしもそれを過ぎれば、せっかく確保したこの砦をPVDOは手放す事になる。

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