第35話 横浜作戦 その5

「待て待て待て! いない! いないぞ!」


 地下の連絡口から駅裏側のルートを進んでいたチームJ。最初に異変に気付いたのはリーダーのエリエリで、その声は確かに焦っていたが、潜入中なので音量自体は控えめだった。

「……いなくなった瞬間は見てません。つい30秒前まではいましたが」

 チームメイトであるイツカが冷静に報告する。サポートのトーカも肯定の沈黙。


 エリエリが自身の髪をくしゃくしゃにしながら頭を掻き毟る。切羽詰まった表情の陰に見える明らかな怒りをそのまま無線にぶつける。

「ポップコーン! どこへ行ったこの野郎!?」


 チームJの任務目的は、ジーズの殲滅でも少女の救出でもなく、内部への侵入だった。比較的ジーズの軍勢が手薄な所から、なるべく戦闘は避けてより深くに入り込む。そして戦況に応じて背信者を挟み撃ちにしたり、駅構内の邪魔なオブジェクト破壊を行う。ゲーム用語で言う所の裏取り、あるいは潜入工作であり、4人はそれに特化した能力を持っていた。

 リーダーのエリエリは『インビジブル』による隠密行動と『番犬』による索敵。イツカは『アンタッチャブル』による壁抜けと『タイムボム』による破壊。そしてポップコーンは最近解禁された『岩石地帯』による強制1対1能力を買われての採用だった。背信者を見つけ次第、隔離、戦闘が出来るので紛れを減らせるという意図だ。


 が、その肝心のポップコーンが気付いたらいなくなっていた。リーダーのエリエリが慌てるのは無理もない。


「ポップコーンは最後尾だった。襲われれば流石に声くらいはあげるはず。って事はつまり……」

「自分からいなくなったって事ですね」

「くそっ。あの問題児……」

 そもそもこういった大規模任務への参加も初のポップコーンは、作戦開始前からいまいちチームとの意思疎通が取れず、孤立気味だった。放っておくと「わぅわぅわぅわぅっふっふー♪」と独特の奇声をあげて歌い、エリエリからすれば何を考えているのかも分からない。それでも拠点防衛においてあげた実績と実力は確かな物である評価されていたが、どうやら裏目が出たようだった。


「ひとまず、タムさんに報告の必要があるのでは?」

 イツカのやけに冷静な提案に、エリエリは汗をかき苦悶する。

「く……あたしが言うのか? 『いつの間にかはぐれてました』って。あの人に」

「チームリーダーですし」

「うぅ……」

 泣きそうになっているが時間に余裕は無い。震える手で無線機の周波数を変え、ありのままを本部に報告する。


 意外にも、タムの答えは「分かった。3人で進めろ」だけだった。怒られなかった事にほっとするエリエリだったが、決して問題が解決した訳ではない。


「ひ……ひとまずあいつは放っておこう。ピンチになったら次元結晶で脱出するはずだし」

「敵になってなければ、ですが」

 イツカが平然と口にした不吉な言葉を、エリエリは聞かなかった事にして正気を保った。


 ―――横浜駅 東口―――


 対峙する4人と1人。

「随分と度胸があるようですわね」

 突如として現れたラルカに対し、ユウヒは冷静を取り繕いつつ言う。

「4対1。それもPVDO最強の使い手を前に、奇襲するでもなく堂々と姿を現すなんて、少し自身過剰過ぎるのではなくて?」

 最強の使い手、というフレーズにその場にいたユウヒ以外の全員が疑問符を浮かべたがこれはスルーされた。

「あら、わざわざそんな虚勢を張らなくても良いのよ。4人と言っても雑魚相手に能力を使い切って消耗している4人でしょ? サポート役の『ヒール』も疲労までは癒せる訳ではないし」

「なるほど、勝てると思って出て来た訳ですわね」

「ええ、そうね。やってみる?」


 闘志迸る2人の視線が交差する。背信者であるラルカは言うまでもなく討伐対象。それも敵のリーダー格であり、ここで倒しきれば任務の半分は成功したも同然だった。確かに雑魚戦でいくらか消耗しているとはいえ、数の有利はある。相手の能力も分かってる。攻める動機は十分だったが、ユウヒは動かない。


 何かある。

 ラルカがわざわざ負けに出てくるとは考えられず、かといって投降する雰囲気でもない。こちらから動くのを待っているような、罠の匂いをユウヒは一瞬で感じ取った。口調こそ不遜だが、ユウヒにもチームを1つ任せられるだけの冷静さと読みの確かさがあった。


「一応、聞いておくけれど、あなた達4人の中にPVDOを裏切りたいって子はいないのよね?」

 ユウヒは「愚問ですわね」と答え、鼻で笑う。

「そう……なら殺されても文句は言えないわね」


 ラルカの表情には失望と諦観と狂気が混ざっていた。ユウヒがそこに攻撃の意思を読み取った瞬間、ラルカの行動は全て完了していた。


 チームAの前衛であるユイナ、サポート役であるフィロ。両者が倒れた。外傷は無いが、口から煙が出ている。そしてラルカはチームの背後に立ち、首を傾げてジーズで出来た義眼で4人を見下していた。


 それはまばたきにも満たない一瞬の出来事であり、対峙していたユウヒにも、攻撃されたユイナとフィロにも何が起きたのかは分からなかった。だが既に2人の心臓は溶けて崩れ落ち、『ヒール』の発動は間に合わない。即死だった。手を動かす事すら出来なかったからだ。


「退避!」

 ユウヒが叫び、ラルカから距離を取る。床に倒れた2人を見捨てる決断を一瞬の内にしたのは、ユウヒが非情だったからではなく、ラルカの攻撃があまりにも「意味不明」だったからだ。とにかく距離を取らなければ、全滅さえ有り得ると思わせる何かがあった。


「あら、どこへ行くの? もう少し遊んでいきましょうよ」

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