第36話 横浜作戦 その6

 ―――作戦本部―――


 ユウヒからの報告の後、本部にて指揮を執るタム、シャルル、ノキの3人の間には緊張感が走っていた。チームAがラルカによって襲撃され、メンバーが死亡した事に起因するが、重要なのはその原因が不明だという事だ。


「ラルカの能力は『アシッド』『融合』『スリーステップ』。『スリーステップ』で近づいたとしても、『一瞬の内に攻撃された』というユウヒからの報告とは矛盾します」

 シャルルが状況を言葉にして整理すると、それをタムが補足する。

「攻撃手段自体は『アシッド』+『融合』で間違いない。『融合』が発動した状態で『アシッド』を発動すると相手の唾液が酸性になる。その状態で『融合』を解除すれば、相手の口内に『アシッド』をもろに食らわせる事が出来る。奴が以前から使っているコンボだ。奴の『アシッド』は硫酸並だからな。飲み込めば即死もありえる。4人いる中で2人を同時に倒した事もその裏付けだ。問題は……」

「どうやって近づいたか、ですね」

「そうだ。サポートのトーカはともかくユイナは『軟体障壁』でいくらでも相手と距離をとる事が出来る。奇襲でもされない限り接触されるはずがない」

 タムの考察は正しい。ラルカと遭遇した瞬間から、ユイナは警戒態勢に入っており、相手が少しでも能力を発動する素振りを見せれば『軟体障壁』で弾くつもりだった。しかしそれが出来なかったのは、ラルカの攻撃がまさしく『一瞬』の間に完了していたからだ。


 その違和感に最初に気付いたのはシャルルだった。

「そもそも、ラルカは何故わざわざ自分から姿を現したのでしょう。攻撃するだけならば、人型ジーズとの交戦中に背後から仕掛ける事も出来たはずです」

「懐柔が目的のような素振りは見せていたらしいが、そうではない、と?」

 ノキと共に偵察に行き、ラルカと遭遇した時の事をシャルルは思い出していた。

「……4人の足を止める必要があったのではないでしょうか。動きさえ止めれば、文字通り『一瞬』でケリをつけられる算段がラルカにはあった」

 

 2人が声を揃える。

「『時間停止』か」


 2人の推理は的中していた。ラルカはその義眼を使って視界を共有し、『時間停止』の能力を付与されたジーズに指示を送っていたのだ。ダブルによって解禁されたH―W系能力の範囲は100m。4人がちょうどそこに入るように位置を調整し、発動してから『時間停止』の影響を受けないラルカが近づいてトドメを刺す。単純な手だが、相手の動きさえ止まっていれば強力かつ不可避だ。


「全員に指令、ラルカと遭遇したら動きを止めるな。可能ならラルカを取り囲み、『時間停止』の範囲から最低でも1人は外れろ」

 対策自体は出来る。だが、もちろん根本的な解決にはなっていない。相手が好きなタイミングで、認識出来ない位置からH―W系能力を使える状況に勝ち目はない。例えば『ワン』なら能力の発動回数を増やす事が出来るし、『ブラックアウト』なら視界が奪える。ラルカ本人、あるいはラルカと連動しているジーズを何とかしなければ、PVDO側の勝機は無くなる。


「チームQ、応答しろ」

「はいはい、こちらチームQ」

「出動だ。何分で行ける?」

「準備は万端よ。1分って所かしら」

 ヒメカが答えた。


 ―――地下―――


 その道は暗く、長く、人にとっては広かったが、今のヒメカにとっては狭かった。

チームQのリーダーにして戦略の中心でもあるヒメカは、奥義である「三上山の永劫百足」によって体長500m近くある巨大なムカデに変身し、地下鉄の線路の上を数多の脚で疾走していた。チームメイトは巨大ムカデの尾に振り落とされないようしがみついている。


 「三上山の永劫百足」は『影分身』『デザインセクト』『融合』を組み合わせた大技であり、準備に10分程度の時間がかかる。集中力も必要なので混戦の中でするには難しく、念の為、今回ヒメカは横浜駅から2駅ほど離れた場所でそれを済ませた。しかしながら、1度変身すればその戦力は圧倒的であり、戦況をひっくり返すには十分な代物だった。


「チームAのメンバー2人がラルカに殺された。おそらくは地下に、『時間停止』等のH―W系能力を持ったジーズが複数存在し、遠隔からラルカを支援している。ヒメカ、お前の任務はそいつらを引きずり出す事だ」

 タムはヒメカという奥の手を、相手の奥の手を潰す事に使う事に決めた。

「他のチームは?」と、ヒメカが尋ねる。

「地下で戦っているチームは一時的に下がらせる。遠慮なしだ。派手にぶっ壊せ」

 大量にいるジーズの中から、支援役の個体を見つけるのは難しい。普通の個体に偽装している可能性もあれば、バラバラに配置されている可能性もある。しかしチームAと交戦した様子から、H―W系遠隔支援をするには相手を立ち止まらせる必要がある事が分かった。これはつまり、支援役が位置を調整する必要があるという事だ。ヒメカを投入する事によって、それをさせないのが狙いだった。


 宣言通り1分で巨大ムカデが横浜駅に到着した。地下4階にあるホームから、止まったエスカレーターを突き進む。道中、何十匹ものジーズを轢き殺しながら、道が狭ければ壊し、立ち向かうジーズは噛み砕く。足の数により地面を捉える推進力と、上下左右自在に曲がる柔軟性、そして敵の攻撃を完全に弾く黒い甲冑。さながら液体になった戦車のように敵を蹂躙していく。


 しかし弱点もある。生物である以上死は避けられず、能力の中にはそれを強制的に与える物が存在する。巨大さは強さでもあるが、目立つという事でもあり『死線』や『グラヴィジョン』等のH―V系能力の格好の標的となってしまう。よって、暴れられる時間は1分と作戦上定められていた。それ以上はヒメカ自身に死のリスクが発生する。


 だがヒメカには分かっていた。自分が地下で大暴れしている時間が長ければ長いほど、その分地上が楽になる。


 グロテスクで長大な身体をくねらせ、圧倒的破壊を繰り返しながらヒメカが考えていたのは、既に犠牲になった仲間達の事だった。


「百足之虫 死而不僵」

 ムカデという虫は、死してなお倒れず。

 メンターから与えられたその言葉を、ヒメカは心の中で唱える。

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