第37話 横浜作戦 その7

「……地震? いやそんなはず……」

 巨大ムカデと化したヒメカが横浜駅に突入して数秒後、相鉄線改札口付近にいたチャコとジンクスの2人がそれに気づいた。裏の世界においては地震など起こるはずもないが、その振動と衝撃はそう勘違いさせるに十分な物だった。


「……おそらくヒメカの奴ね」

 偶然ヒメカと同級生だったジンクスは噂に聞いた事があった。何でもヒメカのメンターは異様な執着を持つ男で、ヒメカの能力と組み合わせはそれに合わせて選ばれていると。


「チャコ、地下に行って抑えるよ。暴れさせておくと範囲型が仕事を出来ない」

 範囲型。横浜駅の各地点に設置してある、H―W系能力を持ったジーズの事を指し、ラルカの義眼を通した指示で起動する。先にPVDO側の2人を屠った能力であり、タム達の推理は当たっていた。

 ジンクスは『死線』の使い手であり、巨大化したヒメカには相性が抜群に良く、見つけさえすればどうとでも出来る自信があった。


 そこに乱入者が現れる。


「わぅわぅわぅわぅっふっふー♪」


 チームJからはぐれたポップコーンが、単身で2人の背信者に立ち向かう。


 チャコの発動。

 C-16-G『用心棒』

 身体能力の強化された人間を召喚する。それが死亡した場合、発動者も死亡する。


 これで2対1、擬似的な3対1となり、ポップコーンの乱入は無謀な行動かに見えた。だが同時、


 ポップコーンの発動。

 C-20-L『岩石地帯』

 戦闘エリアを岩石の多く置かれた荒野に変更する。


 対象に取ったのはジンクス。

 戦場から2人の姿が消えた。



 ―――横浜駅 分娩室前―――


「こちらチーム3、目標地点の扉前に到着した。突入の指示を待つ」

「同じくチーム7、チーム3と合流した」

 場の混乱に乗じて、2つのチームが少女の捕えられた通称分娩室の前までたどり着いていた。ヒメカの地下での働きがラルカへの牽制となり、ジーズの掃討に長けた2つのチームが防衛を突破出来たのだ。


「こちら本部。了解した。能力の準備が出来次第突入せよ」

 ラルカの奇襲は封じ、ジンクスはポップコーンが捉え、チャコは孤立している。まさに今が期だった。


「了解。10秒後に突入する」

 2チーム、総勢8名の少女達が呼吸を整える。


 作戦開始前、分娩室の状態に関しては、いくつかのパターンが予測されていた。


 1つは、既に少女を別の場所に移し、もぬけの殻になっているパターン。場所がPVDO側にバレている以上、そこに置いておく理由はないように思える。しかし、シャルルの報告によれば少女は移動能力を持たない大型のジーズと一体化しており、ジーズを産む場所としての利便性、そして守りやすさを考えると、他の場所に移していない可能性も大いに考えられる。

 場所を移していないと仮定すると、厳重に守られている事が容易に想定されている。何せ量産型の「核」となるジーズであり、他地域で発生していない事から、おそらくは覚醒者のジーでも簡単には作り出せない存在だ。ならば相手がそれを守るのは当然の事。しかしながら、背信者3名は今、分娩室付近にいない。相手が地下で目撃された強化ジーズであろうと、2チーム合同で取り掛かれば攻略出来ない事はない。

 既に少女が死んでいるという可能性も一応は候補に上がった。これは相手側が防衛するのを諦め、少女をそのまま受け渡すのを拒む場合に発生しうるシナリオだ。少女を助けられず、量産型ジーズについても謎が多く残ってしまう結果となるが、ひとまず今回の任務は成功となる。その場合、任務目的は背信者の討伐とジーズの殲滅へ切り替わる。


 だが現実は残酷で、容赦がない。


 部屋内に、少女はいた。そしてそれを守るジーズはいない。


「報告。少女を発見。ただしに確保し……」


 予測されていた最後の、そして最悪のパターンが物陰から音もなく出てきた。


「いらっしゃい。……6,7、8人ね。それで足りる?」

 そこにいたのは覚醒者テトラシエンス、通称ティー。PVDOの天敵にして最終目標。


 瞬間、誰かが叫ぶ。

「退避! 退避だ!」

 2人のチームリーダー、無線の向こうのタム、他隊員も含めて全員の判断は一致していた。しかしその内の1人が逃げ遅れてティーに触れられる。砂になって崩れ落ちる。まさに一瞬の出来事。触れれば即死。その力に一切の慈悲はない。


「かわいいかわいい後輩の為に、私、頑張っちゃうからね」

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