第31話 横浜作戦 その1

 ―――横浜駅―――


 遥か上空、裏の世界特有の重い雲に隠れる一羽のフェニックス。

 その背には定員ギリギリである4人の少女が乗っていた。


「11時58分。落下開始まであと30秒。準備はオッケー?」


 チームを率いるPVDO唯一である不死鳥使いのアヤヒがそう尋ねると、その親友兼保護者のサトが答えた。

「さっきまで寝てたあんたが1番心配よ。ちゃんと目は覚めてるんでしょうね?」

「2度寝して良いなら今からでもしたいくらいだよ」

 これには流石のサトも呆れて物言えない様子で、フェイスガードの上につけたゴーグルの奥からじっとりとした視線を投げかける。

「ごめんうそうそ。じゃ、行こうか」

 アヤヒはそう言うと、手に持った小型の無線機に話しかける。

「こちらチームエイト、降下を開始します」

 言い終わると同時、今まで優雅に羽ばたいていたフェニックスが一瞬で卵に変化した。当然、4人の少女は空中に放り出される。


 高度2000メートルからのフリーフォール。少女達の背中にはパラシュートも羽も無い。ただ落ちていく。


 輪になって顔を付き合わせた状態の少女達を重力が地上へと引っ張り、風の抵抗は普段意識しない空気が確かにそこにある事を認識させた。少女の内の、下を見ていた1人がぎゅっと唇を噛み締めて目をつぶった。彼女にとっては初めての任務であり初めてのスカイダイビングだった。


「なんかトイレ行きたくなってきちゃった」と、唐突にアヤヒが言う。

「馬鹿! ……本気じゃないわよね?」

 緊張を解きほぐす為の、アヤヒなりのジョークだという事をサトは経験上分かってはいたが、本気で言っている可能性も完全には否定出来ないのが恐ろしい所だった。地面までは1分程度の時間がある。既に作戦のスタートを切っているのはチームエイトの4人だけだった。この大きな作戦の先陣を切るという事もあって、アヤヒ以外はそれなりにプレッシャーを感じているようだった。


「ま、なるようになるよ。ほら見て」


 人もおらず、走る車も無く、明かりも消えた横浜の街は、上空から見下ろしても湿り気のある暗い雰囲氣が漂い、廃墟ともまた少し違った、しかし同質の静けさに満たされていた。


 4人の降下目標はもちろん横浜駅。これから長くとも1時間の間に雌雄は決する。


 PVDOの少女達13チームか。

 横浜駅に巣食う背信者の軍勢か。


 拠点を制圧すれば少女達の勝利。返り討ちにすれば背信者の勝利。シンプルなルールで行われる多人数戦。無論、少女達の敗北は死を意味し、その後表の世界での多数の犠牲も意味する。


 風を切る音が両耳を覆い、大声を張り上げなければ会話はままならない。


「生きて帰ろう!」

 アヤヒがそう叫び、3人が頷いた。


 やがて4人は地上に到達する。

 当然、何もしなければ墜落死。ただの自殺。しかし少女達には能力がある。


 アヤヒの発動。

 A-11-I『バリア』

 手の平から透明な障壁を召喚する。


 地面まであと僅か10メートルというタイミングで展開された『バリア』は、一瞬で砕け散った。しかしそれに乗っていた4人はいずれも無傷である。そして同時に、周囲に響く爆音と振動。


 それが作戦開始の合図だった。


 アヤヒの発動。

 C-28-G『ドラゴンエッグ』

 1分間で孵化するドラゴンの卵を召喚する。


 再度召喚されたアヤヒのフェニックスが甲高い鳴き声をあげた瞬間、他の3人は既に行動に移っていた。駅のホームを警戒していたジーズは、空からの奇襲に思考が停止しており、そこを叩くのは比較的容易い。チームエイトの目的、それは派手に暴れる事。


 サトの発動。

 C-27-B『エアアーツ』

 足の裏が地面から離れている間、身体能力を強化する。


 サトはこれに『空中浮遊』を加えて自由に飛び回り、『ブロウ』を的確に当てて敵を吹き飛ばしながら戦う。まさしく目を引きながら多数を相手にするのには適した能力の組み合わせであり、堅実な性格の割にはそのスタイルは豪快だった。


 他の2人も、片方は『火炎放射』+『リワインド』もう片方は『ビーム』+『マジックムーブ』と目立つ組み合わせであり、ヒットアンドアウェイも出来る。場を混乱させつつ敵を惹き付ける危険な役目ではあるが、フェニックスに乗ったアヤヒの下で、チームは機能していた。


 駅のホームにまばらにいたジーズはあっという間に倒されたが、階段の下から続々と補充されていく。


「さて、どこまでやれるかなっと」


 12時00分。


 横浜作戦、開始。

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