第32話 横浜作戦 その2

 ミカゲ率いるチーム4の役割は地下街の突破である。

 横浜駅の地下には碁盤目状の地下街が広がっており、表の世界においては様々な店舗がテナントとして入り賑わっているが、裏の世界においては全ての店舗のシャッターが降りた幽霊街と化している。光源は地上から僅かに入る光のみで薄暗く、場所によってはほとんど暗闇に近い状態となる。更にそこにはジーズ達が巣食っており、都会に突如として出来たダンジョンという風情だった。


 横浜作戦においては、地上につながる複数の出入り口から合計6チームが突入し、駅構内へのルートを確保する事が最初の目標となっている。地下チームのメンバーには、機動力に優れ、なおかつ背信者との遭遇に備えて対人戦闘力を備えた少女が選出されている。


「妙だ。数が少なすぎる」

 最初に気づいたのはチーム4リーダーであるミカゲ。手には既に『斬波刀』を召喚しており、臨戦態勢で階段を降りたが、そこにいたのはたった3匹の増殖型ジーズだった。

「事前の報告では、この辺りは密集地帯のはずですよね」

 答えたのはビュティヘア。『ベクトル』を駆使したミカゲとコンビでの機動戦闘には定評があり、また手先の器用さからトラッパーとしても活躍が出来る。

「むしろラッキーじゃん。私達でさくっと助けちゃおうよ」

 チームの後衛であるレミルのポジティブな発言に、サポート役のシンクが沈黙を返す。


 異変に注意しつつ、慎重に進む。先頭はミカゲ、しんがりを務めるのはビュティヘア。それとシンクがランタンを持っている。チーム4の突入した出入り口は横浜駅から2番目に近く、会敵せずにスムーズに行けば1分程度で例の少女が監禁されている「分娩室」まで辿り着く事が出来る


 敵の侵入に気づいたジーズをあっという間に斬り伏せ、駅に続く大階段が見える角を曲がったすぐそこに、それは待っていた。


 四足歩行の身体にモノアイの頭が3つ。その体躯は自動車ぐらいの大きさではあるが、剥き出しの両足は太く筋肉質でしっかりと地面を捉えている。頭の内1つは食事中で、どうやら増殖型ジーズを食べているようだった。

 他のジーズとは明らかに違う型。不気味で禍々しく、恐怖に野生を与えたような象形。


「餌が仲間か。おぞましい奴らだ」

「仲間だけじゃないかもしれませんね」

「おそらくビースト型だが改造されてる。注意し……」


 次の瞬間、ジーズの3つある頭の1つの口が開いた。


 ジー・ケルベロスの発動。

 H-31-F『フレイムタン』

 口から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。


 場所は地下、当然天井は低く、道幅も外よりは狭い。シャッターの降りた店舗は壁となり、火炎弾を反射するのに困る事はない。『フレイムタン』の性質を活かすにはこの上ない状況と言えた。


「離れろ!」


 暗闇の中を、燃える悪意が弾む。


 もし防御出来ずに直撃すれば骨は折れ、火傷を負うのは間違いない。それが床、壁、天井にぶつかり高速で向かってきている。咄嗟に動いたのはミカゲ、続けてビュティヘア。『ベクトル』を持つ2人は遠距離攻撃への対処に慣れている。ミカゲがレミルを、ビュティヘアがシンクを抱えて後ろに跳ねた。


 出会い頭の1撃目、何とか回避に成功する。弾みながら後方へ跳んでいく火炎弾。だが、このジーズの本領はここからだった。


 ジー・ケルベロスの発動。

 H-31-F『フレイムタン』

 口から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。


 2つ目の頭が文字通り火を吹いた。複数の頭はどうやら飾りではなく、


 ジー・ケルベロスの発動

 H-31-F『フレイムタン』

 口から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。


 3つの『フレイムタン』を同時に吐き出す事を可能とする実用的な進化だった。


 火炎弾が2つになれば、当然その軌道は更に読み辛くなる、狭さ、そして複数人のチームであるという事それ自体が枷となる。


 空中で火炎弾同士がぶつかり合い、予想外の動きをした直後、レミルとシンクへほぼ同時にそれぞれの火炎弾が命中する。熱した鉄板を押し付けたような肉の焦げる音。ダメージは大きく、チームリーダーのミカゲは決断を余儀なくされる。

 

 攻めるか、退がるか。


 ジーズとの距離はおよそ30m程、機動力を活かして攻めにいけなくもない距離で、『斬波刀』によって一刀両断出来れば話は早く、そのまま突破する事が出来る。しかしジーズが他の能力を持っている可能性も否定出来ず、地下街には死角が多い。もしも柱の陰にもう1匹控えていた場合、取り返しのつかない事になる。


 だが、チーム4の目標はあくまでも地下街を突破してルートを切り開く事。チーム4が引き下がれば当然他のチームがこのジーズを対処せざるを得なくなり、前に進む事も出来ない。どこかで誰かがリスクを承知の上で攻めねば、必然作戦は失敗する。


 ミカゲが決断を下そうとしたその時、ビュティヘアが叫んだ。


「ミカゲさん! 30秒、いえ、20秒だけ時間を稼いでもらえませんか?」

 ビュティヘアには1つのアイデアがあった。ミカゲはその内容を尋ねる事なく、信頼を背景に返事する。これまでも2人で組んで戦ってきた経験から、その声だけで勝算の高さを察したのだ。

「……分かった。やってくれ」

 ビュティヘアは来た道を戻る。負傷したシンクは『ヒール』によってレミルを癒やし、共に後退する。


 ジーズが低い唸り声をあげ、3つの目でミカゲを睨む。自ら動こうとはしない。『フレイムタン』の装填を待っているのか、あるいはミカゲの方から攻めてくる事を誘っているのか。


 ミカゲは呼吸を整え、『斬波刀』を上弦に構えると、勢いよく振り下ろした。

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