第40話 横浜作戦 その10

 作戦開始から15分。横浜駅は崩壊しつつあった。


 少女達による包囲を抜ける為、覚醒者ティーは周囲にある壁や床を破壊して吹き飛ばし、意図的に瓦礫の山を作っていった。目的の1つは投擲用の弾を用意する為。もう1つは死角を作りそこに身を隠す為。

 接触を起点にあらゆる能力を発動するティーにとって、ゲリラ戦は最大に利点を活かせる戦術だった。奇襲を行うチャンスは増え、相手からの不意打ちには後の先で対処出来る。戦況に応じて地形を変え、H―V系、A―R系能力の射線を切る。そうしている内に段々と横浜駅という建物は破壊されていく。ティーが能力を発動する度に地面が揺れた。

 しかしティーにとってのアキレス腱は、ジーズを生成する少女のいる分娩室だった。常に移動しつつ戦っているが、あまりにも分娩室から離れる事は出来ない。少女側は少女側で、任務目標達成の為に分娩室に向かうタイミングを伺うが、ティーが警戒しているとあってはそれも難しい。


 だが、微妙な均衡を保ちつつもゆっくりと少女側の数は減っていった。死亡ではなくそのほとんどが次元結晶による脱出で、負傷や能力を使い切っての戦線離脱だった。とはいえ、全員が無事とはいかない。


 1人の少女が、ティーの位置を見失った。連携を取ろうにも同じチームの他メンバーは既に脱出しており難しい。仕方なく、近くにいた他のチームに合わせて動いていたが、ほんの数秒だけ浮いた形になった。ティーとの距離は十分に取れていると思い込んでいたが、現実は違った。


 魔の手が、少女の肩にそっと伸びる。


 その時、立ち上る埃を払うように一筋の閃光が戦場に差した。


「もらった!」


 ティーが攻撃を仕掛けたその瞬間、タマルの『チャージショット』が命中した。溜め時間は短いが、タマルにはアルファ『フリーズ』があり、人1人の身体を木っ端微塵にするには十分な威力を持たせる事が出来る。


「あなたも来てたのね」

 攻撃をやめたティーが、『チャージショット』の命中した部位に触れた。『フリーズ』による増幅には僅かな時間が必要であり、ティーの動きはあらかじめタマルの出現を予想していたかのように迅速だった。触れた部位で破裂しかけたエネルギー弾が急速に萎み、タマルの渾身の一撃はまるで「無かった事」にされた。


 かろうじて1人の少女を救う事は出来たが、ティーの討伐には至らない。タマルは僅かに不服そうな表情を見せたが、すぐに『スライド』による高速機動に移った。


「あの子が来たって事は、出し惜しみしている場合ではなさそうね」

 ティーはそう呟くと、片膝をつき、地面に両手で触れた。


 その隙をついてティーの背後20m程度の位置を取ったタマルだったが、再度攻撃に移るのは危険だと判断する。次の瞬間にはそれが正解だと分かった。


 ティーを中心に、地面が波打った。コンクリートがまるで柔らかいゼリーのように縦に揺れ、波紋が広がる。そして地面の下から出てきたのは1匹のジーズだった。


 1匹。出現した時点でそう正しく認識していたのはティーだけだった。巨大な肉塊から伸びる触手は50本をゆうに超え、長さ、太さもばらついているが、1番大きな物は50m近くある。全てが個別に動き、よく見れば分かるほどの小さな穴が無数にあいている。40tトラック程のサイズがあるクラゲを逆さにひっくり返したようなグロテスクな見た目のジーズは、もちろんPVDOに所属する少女にとって初めて見る種類だったが、その戦力としての「ヤバさ」はひと目で分かった。


「触手に触るな。距離を取れ」

「ていうかどこから出した?」

「相手は何でもありの覚醒者」


 無線で同時にいくつかの言葉が交わされ、不測の事態においても少女達は冷静だった。今まで地上と地下に分かれて戦ってきた中で、こんなに巨大なジーズは誰も目撃していなかったので、あらかじめティーが床の中に「埋めていた」と考えるしかない。


「テスマ、『生体移動』を使え」

 状況を把握した本部のタムがすぐに現場にいる少女に指示を出した。いくら巨大で不気味であろうと相手は単体のジーズ。であるならば『生体移動』によって2秒で対処出来る。


 テスマの発動。

 A-15-O『生体移動』

 自身と対戦相手以外の生物を対象にし、どこにでも瞬間移動させる。


 しかし発動から2秒が経っても、ジーズは移動しない。少女の内の1人が気づいた。


「……本当に何でもありね」

 ティーは触手の1本に乗り、片手でジーズに触れている。テスマの発動した能力が打ち消された原因はおそらくそこにあった。


「無敵化、あるいは無効化って所か」

 覚醒者の力。それは少女達の能力を遥かに超え、想像の更に上を行く。


 一瞬、絶望的な空気が流れた時、タマルが気づいた。

「ティーが触手に触れ続けているという事は、離せば再び能力が有効になるはず」

 誰かがそれに答える。

「楽観視は危険だけど、確かにその可能性は高い」

 触れた物を無条件で無敵に出来るなら、触れて離してを繰り返して無敵のジーズ軍団を簡単に作れる。触れている間、あるいは時間制限があるという推理は的中してた。


 ならばまだ戦える。

 ただし、大型ジーズとティーを同時に相手にせねばならない。


 そして状況は更に悪化する。

 ティーが壁を崩した事により、外にいた汎用ジーズの残党が合流しつつあった。その指揮を執るのはラルカ。

「さて、何人が生き残れるかしらね」

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