第39話 横浜作戦 その9
―――司令室―――
大きく吸ってゆっくりと吐く。タマルは両手をぐっぱっと何度か開き、息を整えた。「いつでも行ける」言葉に偽りはなく、体調は万全だった。
その隣にいるノキも、タムからの指示を待つ。2人のアルファ。偵察の際に使用したノキの『インビジブル』はまだ再使用出来ないが、残り2つの『融合』と『ウォールダイブ』は発動可能であり、タマルを直接送り込む為に温存してある。
無線からは現地の緊張感が伝わってくる。それもそのはず。覚醒者との遭遇は最悪のシナリオであり、撤退ではなく交戦というのはチームメンバーのほとんどにとって予想外だった。触れられれば死。のみならず前回討伐作戦の時に明らかになったジーズによる外骨格もある。一瞬たりとも油断ならない状況だった。
「配置についた。……行け」
タムの短い指示で、ノキがタマルの手を握った。
「待ってください」
そう声をあげたのはシャルル。『ペーストフィール』を人質に取られ、今回の作戦ではこれまで指揮として参加してきたが、彼女の心には彼女自身が今まで感じた事のない程の熱い火が灯っていた。
「私も……私も連れて行って下さい」
『ペーストフィール』を奪われているという事はつまり、いつどんな状況でも裏切りが可能であるという事であり、それは重要な作戦を遂行するには適していないという事だ。ただでさえ身内から背信者が出ている状態においては、仲間として信頼する事は難しい。にも関わらず、タムはシャルルを司令室に置き、以前と変わらぬ扱いを続けた。「信頼はしていない」という言葉とは裏腹に、その判断の裏にはシャルルが裏切らないという確信以上の何かがあった。
「能力は1つ封印されています。この状態では『ペーストフィール』+『ビーム』のコンボは使えませんし、戦力としては中途半端かもしれません。ですが……」
「行け」
シャルルの言葉を遮り、タムがノキに合図する。
「お前の能力はティーに対して相性が良い。タマルのサポートをしてやってくれ」
その言葉に、普段から良いシャルルの背筋が更に真っ直ぐと伸びる
「……はい!」
―――横浜駅―――
その頃、ミカゲ率いるチーム4はティーと囚われた少女のいる分娩室に向かって急いでいた。道中のジーズはその危険度を状況から判断し、大した事が無ければ無視する。無論、仲間が苦戦しているようなら助太刀して救う。ティーの能力にはまだ分かっていない事が多いので、敵の戦力は出来るだけ削り、味方の戦力は出来るだけ温存した方が良いという判断だった。もちろんこれらはあくまでタムの司令の範囲内の行動であり、随時無線から戦況を伺っていた。
明らかに距離を取る少女達に対して、ティーの取った行動はシンプルだった。近くの壁をバラバラ場に破壊し、そこから出た瓦礫をただ少女達に向かって投げる。投げると言っても、その速度は音速を超え、能力が発動する度にソニックブームが発生し、凄まじい音が周囲に鳴り響いたが、少女達はその苛烈な攻撃を何とか凌いでいた。特に活躍したのは『空中浮遊』と『ヒール』を持ったサポート役のメンバーで、宙に浮いて確保した広い視野から予測した軌道を別のメンバーに伝えて位置を取り、瓦礫が身体の一部に命中してもすぐに『ヒール』で回復した。そして出来るだけティーの死角になる位置から別のメンバーがA―R系の遠距離攻撃を行って牽制する。いくら覚醒者といえど手はたったの2つ。攻撃と防御を行うのに限界はある。
「なんとか時間は稼げているようですね」
ビュティヘアがそう言うと、ミカゲが小さく頷いて答える。
「タマルさんなら覚醒者が相手でもきっと勝てる。私達のサポートもあれば確実」
「うん、きっとそうです」
その時、先ほどと同じくらいの衝撃が横浜駅全体を揺らした。思わず立ち止まる4人。
「またヒメカか?」
「いや、もうあれから1分は経った。ヒメカは仕事を終えて撤退したはず」
「待って。ティーが何かしたみた……」
後方でそう言ったレミルに向かってミカゲとビュティヘアが振り向いた時、それは起こった。
「はい、おしまい」
悪夢は繰り返す。
そこに現れたのはラルカ。再び例のH-W系能力との連携、遠隔支援による刹那の奇襲。地面の揺れによって立ち止まったほんの一瞬に、レミルとシンク、2人の命は失われた。
静寂が、空気を枯らす。
「貴様ぁぁぁ!!」
すぐに事態を把握したミカゲが咆哮する。『斬波刀』を握りしめ、ラルカに向かって1歩を踏み出す。
ビュティヘアの発動。
H-12-F『ニ-ドルヘア』
頭部から髪の毛を放射する。
それは決して敵まで届かない攻撃だったが、ラルカを1歩下がらせ、ミカゲの突撃を止めるのには成功した。
「ミカゲさん、落ち着いて」
昂ぶりそうになる語気を意識して抑え、ビュティヘアが言った。
「奴は仇だ! レミルとシンク、そしてベルム先輩の!」
仲間の裏切りによって死んだベルム。その弟子であるミカゲには、戦う理由はあったが止まる理由など1つも無かった。ラルカは激昂するミカゲを見下し、凍てつくような微笑みを浮かべる。
既にミカゲは再度突撃を仕掛ける体勢に入っていた。
「ベルムさんの髪束、今も持ってますよね?」
聞こえたのは唐突な質問。興奮しきったミカゲの五感の中で、まずは聴覚が冷静さを取り戻した。次に視覚が懐にあるベルムの美しい髪を、触覚がその柔らかな肌触りを思い出させた。なおも表情は怒りに満ち、ラルカを殺そう睨んでいたが、それでも罠を警戒するだけの思考を取り戻していた。
「……背信者はもう1人、いるはずだ」
その時既にミカゲは、復讐よりもチームのリーダーとして正しい判断を下す事を優先していた。事実、ラルカの挑発は、物陰にいるもう1人の背信者に襲わせる為の物だった。
「……決着はいつかつける。必ずだ」
そう言い残すと、ミカゲとビュティヘアは『ベクトル』を使ってその場から離脱した。追う手のないラルカがつまらなそうに呟く。
「あの子もこの子も遊んでくれない。私とっても寂しいわ」
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