第26話 作戦(後編)

 鉤のように曲がった嘴、逆立つ羽、鋭い眼光、それらはまさに猛禽の特徴を備えていたが、真紅に燃える翼の異様な巨大さは鳥類というよりむしろ『災害』に近かった。頭部から背中を渡り尾翼まで連なる炎は風に揺らめき、羽ばたくたびに火の粉が散って空を焦がす。光の迷路のような東京の上空においてもその存在感は少しも陰らず、人々は突如として頭上に現れたその神話を指さした。


 アヤヒの発動。

 C-28-G『ドラゴンエッグ』

 1分間で孵化するドラゴンの卵を召喚する。


 元来、この能力によって召喚される生物はドラゴンと決まっている。色こそ発動者の性格を反映するが、その種族自体が変更される事はまず無い。しかし、PVDO2期生であるアヤヒの執着はその法則を無視し、卵からは竜ではなく鳥、焔を纏った羽が生まれた。


 夜を優雅に舞う不死鳥。その背に乗っていたのがアヤヒだった。火の中にありながら汗ひとつかかず、肌も炭化していない。火の鳥は自身の火炎の温度をコントロールする事が可能で、飼い主への愛情と同じく適温に保たれている。


 地上では、何台ものカメラがその様子を写していた。10分前に緊急発進した撮影ヘリも、フェニックスの背中で楽しそうに笑う少女の横顔を映像として収めている。何台もの車が路肩に止まって軽い渋滞を起こし、SNSはその話題でもちきりだった。必然、人々が連想するのはお台場の事件。もしもあの炎を纏った巨大な鳥が、ビルとビルの間を飛んだとしたら一体どうなるか、それは分かりきっていた。


「アヤヒ!!!」


 上空200m。アヤヒとフェニックスの進行方向に1人の少女が浮かび塞がった。


「あ、サトちゃん」

「『あ、サトちゃん』じゃないわよ! 一体何してんの!?」


 サトと呼ばれた少女が一喝する。戦闘用スーツの上に道着を羽織り、黒い帯を結んでいる。下半身はスパッツのように短く、動きやすさを重視したデザイン。顔には同じく髪と同じく黒のフェイスガードをつけている。


「何って……お散歩?」


 サトは大きなため息を漏らした。


 サトの発動。

 A-07-T『ブロウ』

 触れた対象を2秒後に吹き飛ばす。


 空中をふわりと浮かび、僅かに落下すると再度『空中浮遊』を発動してもう1度浮かぶ。サトは2つの能力を使う事によって、半永久的に空に浮かぶ事が出来る。


「いいから戻るよ! 明日から任務なんだから」

「分かってるって。その前の息抜きに、フェニちゃんとお散歩してたんだよ〜」


 ハッキリとした物言いのサトとは対照的に、アヤヒの口調は穏やかで、どこか天然めいている。責められている自覚が無い訳ではないが、責任を取る気も無いという能天気さ。


「もう馬鹿! あんたのせいで大騒ぎになってるし、その尻拭いをするのは上の人なんだからね? 分かってんの?」

「でも……」

「でもじゃない! さっさと地上に降りるよ!」


 引きずられるようにゆっくり降下を始める2人。その後を追うヘリに対して、サトは引きつった笑顔で何度も頭を下げたが、アヤヒはむしろどこか不満げだった。やがて広い公園にペットであるフェニックスを着陸させると、アヤヒが大きな欠伸を1つした。


「なんか眠くなっちゃった。サトちゃん、おんぶ」

「ふざけないで。あんたどんだけ緊張感無いのよ」


 サトが言った通り、2人は明日から横浜の任務につく事が決定している。大規模な作戦で、状況を考えると失敗は許されない事ももちろん分かっている。


「フェニちゃん、戻って」

 アヤヒに命じられた不死鳥が小さく頷くと、その巨大な身体が一瞬発光し、手の平大の卵に姿を変化させた。アヤヒは『ドラゴンエッグ』に関して3つのオプションを持っており、形態変化はその内の1つだった。


「あんたとペットの散歩のせいで、またPVDOが悪者扱いされるかもしれないのよ」

「なんで?」

「なんでってそりゃ……」

「どうせもう私達の事はバレてるんだし、いいじゃん」

「何も良くないわよ。こっちの世界では勝手に空を飛ぶと航空法とかで罰せられるのよ」

「ふーん、サトちゃんは頭が良いねえ〜」


 まさにのれんに腕押し。やり取りをすればする程疲れが溜まっていく事に気づいたサトは、いよいよ諦めたらしく口を噤んだ。

「まあ、元気出しなよ」

 アヤヒなりに気遣った言葉は、サトの逆鱗ををそっと撫でた。


 突如として東京の夜に現れた不死鳥騒動は、まさしく世間を騒がせた。しかしこの2人は横浜作戦を成功させる最初の鍵でもあるのは事実だった。横浜駅を強襲するという初手において、駅のホームから戦力を送り込む必要がある。飛行能力と範囲攻撃を兼ね揃えた2人にはまさに適任という訳だった。


 

「もしあたしが今回の任務で死んだら、フェニちゃんの面倒は頼むね」

 無言で歩く2人、帰り道、アヤヒが突然に普段と変わらぬ口調でそう呟くと、サトは強い口調で諭した。

「ペットを買い始めたら最後まで面倒みなさい」

「え? フェニちゃん不死鳥だからいつまでも死ねないじゃん」

「……だからそう言ってるでしょ」

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