第25話 作戦(中編)

 学園を卒業した後も、PVDOに所属する少女達は集団生活を送る事になる。メンターの下に戻る少女は主に任務中、本部に残る者は休暇中も。共に暮らしていく中で、いつの間にか根付いた習慣、風習のような物がいくつか存在する。それは任務を成功させる事に必ず必要な事では無いが、少女達をリラックスさせたり、心のケアをするには重要な事だったりする。


「今日はどうする?」

 ビュティヘアは曇りのない笑顔で目の前に座る少女を鏡越しに見る。

「じゃ、少し短めにお願いしようかな」

「ほい了解」

 霧吹きで髪を軽く濡らし、クシでとかす。そしてハサミを手慣れた様子で扱いながら少女の髪を切っていく。まずは横から後ろ、前髪は縦に、頭頂は梳いていく。少女は信頼仕切っている様子で目を閉じた。


「明日いよいよね。ビュティヘアはどっち?」

「私は地上から。ミカゲさんがリーダーだから多分大丈夫」

「そっか……私のチームのリーダー、ユウヒ先輩なんだよね……」

 意味ありげな沈黙。

「……まあ、きっと何とかなるよ」

「慰めないで。ますます不安になる」

 談笑しながらあっという間に20分程が過ぎ、少女の髪はリクエスト通りに短く、スタイルも整い、プロの美容師に匹敵するほど自然な仕上がりになった。


「ありがとう、ビュティヘア。今度また同じ任務についたらお願いね。……生きてれば、だけど」

 そう寂しげに呟く少女の手を、ビュティヘアはぎゅっと握る。

「私が髪を切った人、なんでかみんな生き残るから、常連増えちゃって困ってるくらいなのよ」


 いつの間にか一部の少女達に根付いた習慣。それは「大きな任務の前にはビュティヘアに髪を切ってもらう」という物だった。単に実用的な意味で短めに切ってもらう者もいれば、ゲン担ぎに整えるだけ、あるいは洗ってもらうだけという者までいる。これから戦いに行くというのに、髪を気にする事に対して作戦上合理的な意味は一見無いように見えるが、確かにビュティヘアの言う通り、髪を切られた少女の生存率は有意に上がっているようだった。現に今もビュティヘアの即席美容院の前には10人以上の列が作られていた。それは、手先が器用で面倒見の良いビュティヘアの天職と言えた。


「次の人どうぞ」

「あ、初めてなのですが良いですか?」

 ビュティヘアが振り向くと、そこに立っていたのはシャルルだった。

「いいよいいよ。遠慮しないで」

「すみません」

 シャルルが席に座る。ビュティヘアが簡単に床を箒ではき、マントを被せる。

「今日はどんな感じにする?」

「えっと……毛先を整えてもらうだけで大丈夫です」

「ほい了解」


 ビュティヘアがシャルルの青みがかった黒髪を撫でながら言う。

「この肌触り。髪ってる!」

 どこか緊張しているシャルルを解きほぐそうと、ビュティヘアはいつものように明るく振る舞う。シャルルの肩から少し力が抜ける。

「ビュティヘアさんこそ、とっても綺麗な髪でうらやましいです」

 笑みを交わす2人。そして先程と同じ工程で髪をカットしていく。


「それにしてもわざわざよく来てくれたね。タムさんの助手で忙しいんじゃない?」

「ええ……」

 少し気まずそうなシャルルに、ビュティヘアが尋ねる。

「何か私に訊きたい事があるとか?」

 シャルルは鏡越しにビュティヘアを見て、意を決して尋ねる。

「あの、ビュティヘアさんはここで色んな子の髪を切りますよね?」

「え? うん。そうだけど」

「誰か1人でも、私に疑いを持っている子はいませんでした?」

 ビュティヘアの手が止まる。

「名前を訊きたい訳じゃないんです。私が敵のラルカに能力を人質に取られながらチームにいる事について、不満を口にしていた人がいませんでしたか? ちょっとした文句でも良いです。いたかいなかったかだけ、教えてもらえれば……」


 言葉を続ければ続けるほど、シャルルは、自分の言葉尻が弱く、か細くなっていく事を自覚していたが、それでも声の震えを止める事は出来なかった。

 タムは先の偵察任務を「ギリギリ成功」と評価したが、シャルル本人にとっては失敗も同然だった。肉壁に囚われた少女を助ける事も殺す事も出来ず、アルファであるノキを危険に晒し、『ペーストフィール』による監視を潰され、挙句の果てには能力まで人質に取られた。何より許せないのは、ラルカに「与し易い相手だ」と見くびられていた事だ。中途半端な実力で、裏切る可能性もあり、殺そうと思えばいつでも殺せる相手。そう思われていた事がくやしい。復讐してやりたい。あの時殺しておかなかった事を後悔させてやりたい。

 ただ、それはシャルルの個人的な感情であり、シャルルは何よりも集団の和を重んじる性質を持っていた。


「タムさんはああ言っていましたが、誰か1人でも私を不審に思っているのなら、私は……」

 質問に対するビュティヘアの答えは、抱擁だった。

「誰か1人でもあなたの事を疑っているのなら、その子の分まで私が信じる。10人なら10倍、100人なら100倍。それで、シャルルは信じる私の為に戦う。それじゃ駄目?」

 目をつぶって微笑むビュティヘアの顔を、シャルルは鏡越しに見る。僅かに視界がぼやけるがどうにか堪える。

「それに、タムさんはちょっとアレな人だからあんな言い方になっちゃってたけど、本当はシャルルの事信じてるんだと思うよ。何より任務の成功率を上げる事を優先する人だし、少しでも疑ってたら皆の前で言い切らない。信頼してない、って言いながら突き放せるのは、相手を信頼してる証拠だよね」

「ビュティヘアさん……」

 シャルルは目をこすってから今出来る精一杯の笑顔で言う。


「あの、ハサミ危ないです」

「あ、ごめんごめん。ついね」


 その後、カットを終えたシャルルが去り際、ビュティヘアが「次は是非タムさんと一緒に来てね。あのもじゃもじゃ頭、何とかしてあげたいから」と言うと、シャルルは「それは明日の任務以上に難しいかもしれません」と答えた。

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