本編 第1部
第1話 ある動画
最初はYouTubeだ。話がインターネットに実在する1つのサイトから始めるのは新鮮か?
いや、2017年現在においては大して珍しい事じゃない。人々の繋がりは電気信号で高速化し、青天井の承認欲求はコンテンツを増大させる。だがそんな事は今はどうでもいい。俺の目についたのは、ある「戦闘」の動画だった。
その動画では少女2人が戦っていた。2人の少女はよく似ていて、というか双子に見えた。着ているレオタードみたいなぴちぴちの服と指抜きグローブが赤と青に分かれていたから別人だというのが分かったが、これがもし同じ制服ならおそらく見分けがつかない。年齢は12歳から15歳くらいか。高校生って事もないだろうが、ランドセルは流石に似合わなそうだ。
動画のタイトルには昨日の日付だけが書かれていた。再生数は200ちょっと。決して人気動画という訳ではない。投稿者の名前は「PVDO」読み方は分からない。略語か。何の?
戦いと言っても、2人とも武器は持っていなかった。じゃあ原始的な殴り合いかと言えばそれも違う。2人には何らかの「能力」があるらしかった。
赤い服を着た少女が、手のひらから炎を出す。すると、青い服を着た少女が空に飛び上がる。多少陳腐に感じるが、超能力とでも呼ぶしかなさそうだ。
これが例えばただの絵なら、何かのアニメのワンシーンだろうと判断したし、一目で分かる程度のCGならゲームのプレイ動画かな、と思うはずだ。しかしその映像はすこぶるクオリティが高く、少女の肌の質感から、放出された炎の輝き、空に浮かぶ瞬間のふわっと揺れる髪に至るまで、全てリアルに感じられた。仮にCGだとしたら、スーパーヒーローが出るハリウッド映画のような、何十億もかけて作られた作品のはずだ。現に俺は最初そう考えた。
面白そうな映画だな。久しく映画館に見に行ってないし、行ってみようか。毎月1日はチケットが安くなるんだっけ? 公開日はいつだろう。仕事の休みと被ってればいいが。
だが、動画の説明文に映画のタイトルはない。昨日の日付がタイトルなら今すぐその監督はクビだ。3分程度の映像を最後まで見ても、出演者や監督はおろか、タイトルすらも明かされず、当然公開日も分からない。勝負の決着がついて、勝ったのは赤い服の少女だった。結末まで公開したらPVとしても失格だ。
しかもずっと無音。声も効果音もない。音声が丸ごとカットされてるらしい。
この時点でもまだ、俺はこの動画に対してそこまでの不信感や違和感は覚えなかった。あえて最初はタイトルを隠してプロモーションする映画がある事は知っていた。あるいは少数の才能あるクリエイターが、1年とか2年とかたっぷり時間をかけて、この3分ばかりの映像を作ったのだとしたら納得がいく。素人の趣味半分の創作もなかなか馬鹿にならない時代だ。
1つだけ言える事は、俺は既に、この動画に釘付けだという事だ。きっちり3分で心を掴まれてしまった。だから動画の投稿者のリンクをクリックした。他にも何か、もう何本か、同じような動画をアップロードしてないかと期待した。
するとこの投稿者は俺のそんな期待に1000パーセントの実力を持って答えてくれた。
投稿動画の数、198本。ユーザー登録日、約2ヶ月前。1日に3本のペースで、今さっき見たような、少女2人が戦っている動画を上げ続けている。
異常だ。この時点において、俺は初めて気づく。
映画のプロモーションだとしたらコスパ最悪だし、精鋭クリエイターにしては精鋭過ぎだ。
試しに1番新しい動画と1番古い動画を見比べて見たが、変わらぬクオリティーで、実写にしか見えない。しかし2人が使っていた能力だけは違った。片方は虎を召喚して、もう片方は日本刀から衝撃波を放った。また、勝者も違った。青が勝った。
ぞわぞわと、突然うなじをなぞられたような感覚。何だこいつは。何だこいつらは。
だが動画を見るのをやめようとは思わなかった。逆だ。じっくりと真剣に、何かのついでではなく集中して見始めた。最初に見た1本と、その後に見た2本も決して片手間に見ていた訳ではないが、俺の関心は映像の質とその出所であり、「この少女はぱっと見で実写っぽいが、同じ見た目を使っているのは3Dモデルの使い回しかも」だとか「実写ならカメラワーク的に1発撮りじゃないな。どこまでがCGなんだ?」だとか余計な事を考えていた。だからそれらを一旦忘れて、動画を1つの作品として鑑賞する事に専念する。
で。
気づくと朝になっていた。
寝ないまま仕事に行く。ミスばかりなのは眠気のせいか、それとも動画の続きが気になったせいか。
帰宅後、すぐにYouTube。当然見るのは少女が戦う動画だ。新作が増えている。
さて、このアップロード者が上げている動画の約半分を見終えて、気づいた事を纏めよう。
過去の動画の再生数は平均で500前後。映像の凄さの割に伸びてないようにも感じるが、何なのか分からない、タイトルが日付だけの動画の割にはそこそこ見られているようにも感じる。
動画は朝の8時、昼の13時、夕方の18時に必ずアップロードされる。
全ての動画において赤い服の少女と青い服の少女、見た目は全く同じ2人が超能力で戦っている。時系列は分からないが、毎回どちらかが死んでるにも関わらず次の動画では無傷で復活している。
2人が使う能力は毎回変わるが、以前使っていた能力を再度使う事もある。赤が使っていた能力を青が使う事もあり、青が使っていた能力を赤が使う事もある。
2人が1本の動画で使う能力は最大3種類まで。4種類以上の能力を使う事はないが、1つも能力を使わずに負けている時もあった。
能力が使われた時、画面の下に小さくアルファベットと数字が表示される。「Hー20ーW」とか「Cー9ーB」とか。能力の種類を示しているらしい。
どちらが勝つかは最後まで見ないと分からない。負けた方は結構酷い死に方をする事もある。明らかに内臓をぶちまけていたりするが、そこにはモザイクがかかる。
戦っている場所は基本何もない部屋。床に等間隔の線が引かれてあって、一見格闘ゲームのトレーニングモードに見える。が、場所は変わる事もある。海中とか平原とか。それによって明らかに有利になる側がいるので、能力の一部らしい。
そしてまた気づくと0時を回っていた。流石に2徹はまずい。明日も仕事だ。動画はまだあるが、眠らなくては死んでしまう。そう思って布団に包まるも眠れない。眠いのは眠いのだが、動画の事が気になって眠れない。
一体どんな奴が動画を上げているんだろうか。いつまで動画を上げ続けるつもりだろうか。その目的は何だ? 広告収入か? だったら今すぐユニバーサルでも東映でもどこでもいいから映画スタジオにその手腕を売り込んだ方が金になる。
そもそも動画のテーマは何だ? 赤と青どっちが主人公なんだ?
考え始めるとキリがない。
暗闇にブルーライトが浮かぶ。気づくと俺はスマホをいじり始めていた。再生数こそ少ないものの、あれだけ異常な動画投稿者ならネットのどこかで話題になっていてもおかしくはない。
動画の投稿者名で検索をかける。
「PVDO」
そして1つのWIKIがヒットした瞬間、俺の2徹が確定した。
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