第2話 少女?
インターネットのやり過ぎで2日連続の徹夜。そのまま会社を無断欠勤し、気付けば夕方。
もしも小学生時代の俺が、こんな悪行を未来の自分がしていると知ったらすぐに教科書を全部捨てて遊ぶだろう。鬼電履歴を見てため息をつき、うなだれ、一見激しく反省しているように見えた俺は、起きて顔を洗うなりYouTubeを開いていたのでその実大して後悔はしていないらしかった。
PVDO。この謎の単語を頼りにグーグル先生が案内してくれたのは、とあるWikiだった。Wikiと言ってもぺディアではなく、個人でも作れるゲーム攻略サイトのようなものだ。
そこのコンテンツは主に2つで、1つはその日にPVDOのチャンネルにアップロードされた動画に登場した能力と、ざっくりした対戦のログ箇条書き。そしてもう1つは使用される各能力の詳細についてだ。
それによれば、能力は身体の部位によって3種類に分かれているらしい。
首から上、脳、顔に由来する「HEAD能力」
両腕、手の平、指に由来する「ARMS能力」
体幹、内臓、脚部に由来する「CORE能力」
全ての能力はこれら3種類のいずれかに属し、同じ種類の能力を同時に複数使う事は出来ない。
意味が分からない。でも大丈夫だ。俺も理解出来ないまま文字を追った。
とにかく、動画の中で少女達が使う能力には制限がある。能力は全部で100種類近くあるが、全ての能力を同時に使うような事は出来ないし、お互いが同じ能力を使う事もあるという事だ。
さて、ここで1つの疑問が生じる。
これはゲームなのか?
ゲームだとしたらやりたいぞ。そう思うが、WikiにもYouTubeにも公式サイトのURLはおろかSteamへのリンクも張ってない。ネットを軽視したマーケティング方針のコンシューマゲームか? 一応GEO行ってみるか? おそらく無駄足だろう。グラフィックはPS6でも7でも到達出来るか分からないレベルだし、操作性も全く想像がつかない。
それでも俺はその日に新しくアップロードされた動画を見て、Wikiを熟読していた。これが一体何なのかも分からないまま、少女同士の真剣能力バトルを狂ったように追っていた。そして1つのアイデアが閃いた。
匿名掲示板にスレッドを立ててみよう。
「はじめまして」
見た事くらいはもちろんあるが、自分でスレッドを立てた事など1度もない。だがTwitterを調べてもYahoo知恵袋を調べても情報が出てこない以上、誰か俺以上に情報を知っている人をこの広いネットの海から探し出す他にない。
「はじめまして。こんばんは」
それにしても、YoutubeにもWikiにもコメントを書き込む場所すら無いのは一体どういう事だろうか。動画を投稿している人物は、自分のコンテンツを有名にしたいのか秘密にしたいのかさっぱり分からない。
「すいません、聞こえてますか?」
早速匿名掲示板に行き、スレッドを立てる準備をする。タイトルは何がいいだろうか。そもそもどの種類の話題なのか。動画……うーん。ミリタリー? いや、超能力系の話か。ゲームか、映画か……。
「見えてますよね? こんばんは!」
いよいよ疲れているようだ。俺は目頭を押さえながら、何度か瞬きをする。動画の見過ぎが肩にも腰にも脳にも相当キているらしい。
とりあえず、明日も休んで病院に行ってみるか。そうだ。診断書を出してもらえば今日の無断欠勤も許してもらえるかもしれない。いやでも、精神科の診断書って効力あるのか? これ偏見か?
「どうして無視するんですか」
とにかく、俺の精神状態がやばい事は間違いない。今まで生きてきて幻覚、幻聴、幻臭、全てと無縁の人生だったが、それらが今同時に来ている訳だ。原因は動画の見過ぎと昼夜逆転による自律神経の損耗以外に考えられないが、しかしたかだか3日でここまではっきりと症状が出てくるとなると、もっと他の原因も考えた方がいいかもしれない。
「あまり時間も無いので訊きますが、メンターとしての権利を放棄されますか?」
メンターって何だ。いやいや、駄目だ。幻に返事をしたり質問して一体どうする。本当のやばい奴じゃないか。1人暮らしなので誰に見られるって訳でもないが、イマジナリーフレンドと楽しくお喋りし始めたらいよいよ俺は終わりだ。
「あと1分だけ待ちます。何も返事をされないのであれば、私はこのまま帰ります」
それにしてもリアルな幻覚だ。まさに目の前に、動画の中の少女がいるように感じる。まあそれが幻覚という物なんだろうが、声といい匂いといい、あまりにも現実じみている。戦闘服は赤か。手にアタッシュケースを持っている。動画内では見た事のない物だ。
「あと10秒です」
唾を飲み込む。ぼんやりと壁にかけた時計を見上げる少女の横顔。
分かってる。分かってるよ。家には鍵がかかっているし、そもそも動画の少女が突然部屋の中に現れるなんて事は起こるはずがない。だからこれは間違いなく幻覚だ。返事したら人間として終わりだ。俺は疲れているんだ。明日は病院に行くんだ。
「3、2……」
「あの」
やっちまった。ついに俺は一線を踏み越えてしまった。自分の頭の中から出た少女に声をかけちまった。だがまだやり直せる。精神科に通うのは別に恥じゃない。何とか交渉して労災もらってやる。
「あ、やっぱり見えてますよね?」
「はい」
「どうして無視したんですか?」
「幻だから、です」
少女は真顔のまま、手をすっと差し出した。握手を求めているような格好だ。生まれてこの方日本から出た事のない俺としては初対面で握手って何か照れ臭いなあとか思いつつ、握り返す。
指抜きグローブの上からでも分かる、少女の柔らかくも暖かい手の感触。よし、これで幻覚、幻聴、幻臭に続いて幻触まで揃えたぞ。あとは身体を舐めて少女の味がすれば五感コンプリートだ。馬鹿野郎!!!
混乱する俺をよそに、少女は淡々と事務的に告げる。
「幻でも何でもいいんですが、メンターとしての仕事だけして頂けますか?」
メンターってのが分からない。が、質問していいものか。沼じゃないか。
少女は持っていたアタッシュケースを床に置く。元々そこに置いてあったジャンプを横にどかしたが、幻覚ってのはそういう物だ。現実では俺が足でどかしているのに、少女がどかしたように錯覚しているんだ。I know分かってる。
「新規のメンターには、最初ランダムで能力が6種類渡されます。これがそうです」
アタッシュケースの中には、黒のスポンジにぴったり嵌った注射器が6本入っていた。大きさは俺の人差し指くらいで、中は緑色の液体で満たされている。それぞれラベルが貼ってあり、目盛りもある。ディティールが細かい。
「ご存知かと思われますが、HEAD、ARMS、COREの3種類の能力がありますので、それぞれ2つずつです。メンターには今日のアリーナで私が使う能力を決めて頂きます。同じ種類の能力は2つ以上同時に使えません」
何か説明しているようだったが、俺の耳には届いていなかった。注射器を触ってみる。幻蝕パート2。昔昆虫採集をした時に触った注射器と全く同じ物だ。
「ご理解頂けました?」
返事を求められたので、反射的に「はい」と答えてしまったが、正直もう寝たかった。いや、もう寝てるのか? 幻というより、これは夢だ。あまりにも連続し過ぎてるし、荒唐無稽と理路整然が共存している矛盾は夢の世界以外にあり得ない。
「では、今日のアリーナで私が利用する能力を選んでください。HEADから1つ、ARMSから1つ、COREから1つです」
俺はラベルを見る。
H-14-V『フリ-ズ』
視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。
H-21-W『ワールドエンド』
全ての生物の寿命を残り1分に設定する。目を瞑っている間はカウントが止まる。
A-10-R『チャージショット』
手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。
A-11-I『バリア』
手の平から透明な障壁を召喚する。
C-14-G『猛獣使い』
虎、鷹、鮫の中から1匹を召喚する。
C-08-G『番犬』
犬を召喚する。
この中から3つを選んで戦うらしい。このどうやら現実っぽい少女が。
どういう事かは分からない。
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