第3話 初戦
PCモニターに映る戦場、Wikiに使われている単語で言う所の「戦闘エリア」にはまだ2人の少女の姿がない。俺は時計を見る。23時59分。もうすぐ日付が変わる。
「では、そろそろ行きます」
モニターの中に少女の姿は無いが、1人なら俺の後ろに立っている。まだ聞きたい事は山ほどあるが、時間が無いらしい。少女が俺の目の前に現れてからまだ9分しか経っていない。その内の9分、俺は混乱していた。
「確認なんですけど、このままで戦いの様子が観られるんですよね?」
「はい。0時ちょうどに私の肉体は戦闘エリアに転送され、その時点から戦闘が始まります。メンターはここから観るだけです」
アタッシュケースに注射器と一緒に入っていたURLは、ランダムで複雑な文字列だった。そこに同じく入っていたごちゃごちゃとしたパスワードを入力してアクセス出来たサイトは、戦闘エリアの映る画面と、小さなチャット欄があるだけの殺風景なサイトだった。チャット欄には何もない。
「こちらはメンター専用のサイトになりますので、他人に教えると自動的にメンターとしての権利を失います。残り30秒」
「どうやって他人に教えたかなんて分かるんだ?」
「方法までは分かりませんが、分かります」
気になる事が山ほどあり過ぎるせいで、逆にどうでもいいような事を質問してしまった。少女が目の前に突然現れている時点で、俺の常識など通じない事は分かりきっている。他にもっと聞く事がある。
「残り10秒」
「戦闘が終わったら、君はどうなる?」
「また明日の23時50分にここに戻ってきます」。あと3秒」
「というか、もし負けて死んだら君は……」
始まってしまった。突然目の前に現れた少女は、突然目の前から消えた。
未だに信じる事は出来ないがとにかく、俺が今出来るのは見守る事だけだ。
何、そんなに気にするほどの事ではない。たかだか10分、やけに現実的な幻を見てしまっただけの事だ。明日こそは会社に行こう。それから休みはぐっすり寝てリフレッシュすればもう2度とこんな事は起きないはずだ。
そんな事を思いながら、俺はモニターに釘付けになった。夢でも現実でも抑えきれない衝動という物はある。
赤い戦闘服を着ているのが、つい1秒前まで俺の部屋にいた少女だ。対するは青い戦闘服の少女。動画で観るいつもの光景になったが、青い方にも俺と同じような、「メンター」と呼ばれる存在がいるのだろうか。
まずは赤が能力を発動する。
C-08-G『番犬』
戦闘用の犬を召喚する。
俺がCORE能力として選んだのは、同じC-G系でも『猛獣使い』ではなく『番犬』の方だ。虎と犬では戦闘能力において虎の方がもちろん強力だが、猛獣は1回きりしか召喚出来ない。犬は30秒置きに新しい犬を召喚出来る。長丁場になった時は『番犬』の方が有利だと思った。また、相手を倒すというよりは時間を稼ぐという目的では、犬も虎も大して変わらない。
時間を稼ぐ必要があるのは、次の能力を採用したからだ。
A-10-R『チャージショット』
手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。
犬を召喚すると同時に、こちらの能力も発動してエネルギーを溜め始める。これは時間をかければかける程強い攻撃になる能力で、番犬の方が相性が良い。と、思った。あくまで、思った。正しいかは分からない。
そして俺の指示した赤側が2つの能力を発動させると同時に、青側も能力を発動させていた。
H-04-V『眼制疲労』
視界にいる生物に疲労を与える。
相手を疲れさせるだけの能力だと思って侮ってはいけない。Wikiによれば、30秒で疲労を感じ始め、1分で呼吸が荒くなり、3分で戦闘が困難になり、5分で心臓麻痺で死亡するらしい。ただ見つめているだけで。
相手も長期戦の構えだろうか。だが単純な計算で言えば、チャージショットは1分程で人を殺せる威力のエネルギーが溜まる。
人を殺す? 何を考えてるんだ、俺は。
そんな俺の困惑とは別に、戦闘は進行していく。
召喚した犬に、赤は「行け」という命令を出した。更にエネルギーを溜めたまま後ろに下がり、青との距離を取る。これは俺が事前に指示した通りだ。まずは自分の身の安全。確実に倒せるだけの時間を稼ぐ作戦。
犬が青の脚に噛み付いたが、青はぴくりともしなかった。牙は痛々しいくらいに皮膚に食い込み、血が流れ始めているが、ダメージを受けている様子はない。
C-03-B『ノ-ペイン』
痛みを感じなくなる。
青は『ノーペイン』を発動していたようだ。痛みによる足止めは無効。しかし脚に噛み付いている限り、動きは制限されるはず。これなら時間を稼げる。2体目の犬を召喚出来れば、勝ちに近づく。
そう思った時、青が犬に触れた。能力を発動。
Aー07ーT『ブロウ』
触れた対象を2秒後に吹き飛ばす。
1秒、2秒、ジャスト。すると犬が吹き飛んだ。しかも犬の飛んだ方向は、赤の方向。つまり味方だったはずの犬が今は、投擲物として飛んできている。
とはいえ、『ブロウ』による吹き飛ばし効果は、時速80km程度。距離があり、なおかつ2秒前に飛んでくる事が分かっていれば避けられるはずだ。俺のそんな思惑通り、赤は吹き飛ばされた犬を避けた。犬が床に叩きつけられる。かわいそうだ。戦闘に復帰出来るかどうか。つか戦闘が終わったら犬はどうなるんだ?
あるいは両手で受け止めていれば再度戦えたかもしれないが、『チャージショット』の溜めを解除する事になる。赤はそうしなかった。いや、俺が犬を大事にしろと指示していればそうしたのかもしれない。転送される前に俺がした指示は「最優先で『チャージショット』を溜めろ」だ。
しかしこれはまずい。戦闘開始から25秒が経過していた。『眼制疲労』による疲れが溜まりつつあるらしく、赤の呼吸が少し乱れている。
また犬を召喚して、それをまた『ブロウ』によって吹き飛ばされた時、次に避けきれる確証はない。疲労はじわじわと、行動の選択肢を奪っていく。
青が赤に近づく。より確実に当てる為か、あるいは犬を再度召喚しない場合、むざむざと『チャージショット』を溜め続けられる事に対する警戒か、それとも十分な疲労の蓄積を確信し、近距離で仕留める為か。
そして30秒。赤は迷わず犬を召喚。すかさず攻撃を仕掛ける。先ほどと同じ光景が繰り返される。噛み付く犬、『ブロウ』が発動、吹き飛ばし。
同時に、青は吹き飛ばした犬に隠れて一気に距離を詰めた。殴れる距離だ。
「今だ!」
俺は思わずモニターに向かって叫んだ。
赤の発動。
H-14-V『フリ-ズ』
視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。
もちろん対象は青。飛んできた犬を避けきる事はやはり出来なかったが、命中しながらでも『チャージショット』は放てた。この距離で、相手が動いていないのなら、命中させる事は容易いはずだ。
溜めた時間は33秒。自動車に撥ねられた程度の衝撃が『フリーズ』の解除と同時に身体に命中し、今度は青自身が後方へ吹き飛ばされた。
だが青にはまだ『ノーペイン』がある。距離はあいたが、立ち上がる。しかし無駄だ。既に脚は両方とも折れ、痛みが無いとはいえ、逆方向に曲がった脚ではまともに歩く事は出来ない。そして赤はすかさず、次弾の『チャージショット』を溜め始める。『番犬』もまだまだ出せる。『眼制疲労』による疲労死まではたっぷり時間がある。
決着。
勝者は赤。つまり俺の部屋についさっきまでいた少女だ。トドメを刺すと、数秒の間があいて、画面が切れた。
そして今の今まで沈黙を守っていたチャット欄に、以下の文字が表示された。
「勝利です。HEAD、ARMS、CORE、いずれか1つの系統の能力をお選びください。その系統からランダムで新しい能力が報酬として与えられます」
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