第25話 命令
両手で顔を覆い、更に瞼も閉じて、俺は目の前の展開から全力で避難した。勝負は既に決着している。時間は巻き戻らない。そういう能力が無い限りは。
4回戦0-1で迎えた第2戦。こちらは『暴発』+『用心棒』を採用し、相手が前日に使った『時間停止』+『火炎放射』の瞬殺コンボに対抗した。相手が棄権しても用心棒なら勝てる。そういう2重の戦略だった。
だが第2戦で相手が使ったのは、俺が1戦目で使った『斥界』+『バリア』のコンボだった。もう1つの能力は『番犬』ではなく『カルキュラット』だったが、大筋の戦略に差異はない。十分な戦力が揃うまで徹底して時間を稼ぎ、ゆっくりトドメを刺しにいく。こちらが得意とする手をそっくりそのまま相手にやられたのだ。
一撃必殺か、半棄権かのどちらかだと思っていた俺は、全くの予想外だった相手の戦略になす術もなくやられた。『用心棒』の腕力も近接しなければ意味が無い。近づいても吹き飛ばされる。常に相手は能力を発動しているような物なので、『暴発』も役に立たない。他に能力は持っていない。
大量のネズミに取り囲まれるタマルの事を見ていられなくなって、俺はモニターから目を背けた。
初めての0-2。能力が1つも手に入らず、ランクも1つ下がった。タマルにもまた嫌な思いをさせた。この4回戦、得る物は1つもなかった。
一敗塗地。まさにボロ負け。だが、俺が本当に心の底からくやしいのは、この2戦目、もうちょっとだけきちんと戦略を練っていれば勝てた可能性があったって事に気づいたからだ。
現在の所持能力。
H-14-V『フリ-ズ』残り:1回
H-21-W『ワールドエンド』残り:3回
H-04-V『眼制疲労』残り:5回
H-30-W『斥界』残り:3回
A-10-R『チャージショット』 残り:2回
A-11-I『バリア』 残り:3回
A-12-I『インフィナイフ』残り:2回
A-26-O『暴発』残り:4回
C-14-G『猛獣使い』残り:5回
C-08-G『番犬』残り:1回
C-12-G『劣化分身』残り:1回
C-16-G『用心棒』残り:3回
ARMSで『暴発』、COREで『用心棒』を使っていたという事は、HEADは空いている。そこに手持ちの『眼制疲労』を使っていれば、おそらく俺は勝てていた。
『斥界』+『バリア』は自分が使っている事もあって、その弱点を俺は知っている。即ち、H-V系。バリアは半透明な為、視界を遮らない。相手を見ただけで発動出来るH-V系にはほとんど無力なのだ。そして『眼制疲労』は約3分で相手を戦闘不能まで追い込み、5分あればそれだけで倒す事が出来る。防御に徹する相手には非常に有効な能力な訳だ。もちろんその頃には相手もネズミが戦力と呼べるだけの数揃うだろうが、ある程度なら『用心棒』で対抗出来る。タマル本体も戦えば、本体を見続ける事くらいは出来る。
何故そうしなかったのか。今となっては本当に後悔しかない。俺には、「相手からの視点」が抜け落ちてた。1戦目でこちらが『斥界』+『バリア』の組み合わせを教えたのだから、それに気づいた相手が偶然同じ物を持っていたら、逆に使ってくる可能性は当然出てくる。そこに気づいていれば、保険として『眼制疲労』を採用していたはずだ。ましてや今の所余っている能力。温存する意味は薄い。
つまりここまでの考察をまとめると、クズで馬鹿で調子乗りでどうしようもない俺は、連戦連勝に気を良くしてきちんと戦略を練る事を怠り、お得意のツメの甘さを露呈させ、何の収穫もない大敗を喫したという事だ。最悪だ。死にたいくらいだ。仕事の失敗なんて屁でもないが、これは辛い。
能力の引きの悪さや、管理人の説明不足を呪う前にやるべき事をきちんとやれと。自分で自分を責めてもまだまだ足りない。浅見先輩に一発喝を入れてもらわなければ俺は同じ事を繰り返す。痛みの伴わない覚悟なんて嘘みたいな物だ。
そう思った俺は、力の抜けた全身を引きずり起こすように立ち上がり、クローゼットに入った。
入ったサロンの空気がいつもと違うのに俺は一瞬で気づいた。誰もいない。だが、酒の在庫や机や椅子などが置いてある隣の倉庫部屋から、物音がした。
「田ですけど、浅見先輩ですか?」
返事がない。戻ってきたのは意味ありげな沈黙だけ。
侵入者……? いやいやまさか。でも完全に否定も出来ない。雨宮先輩なんて警戒心の欠片もなさそうだし、自分の家が空き巣にでも入られてここがバレたという事も有り得る。やだ、怖い。どうしよう。助けを呼ぶべきか、その場合は誰に連絡すべきか、などと迷っていると扉が開いた。
そこから出てきたのは、空き巣でもなく、先輩達のいずれでもなく、もっと衝撃的な物だった。
全裸のタマルだ。
先ほど俺の部屋に来て、俺が注射を打って送り出し、無能な俺のせいで死んでしまったタマル。それが今、服を着ずに目の前にいる。まだ幼い身体、毛も生えてないつるつるの局部に桃色の突起。モロに見てしまった俺は声をあげることも視線を外す事も出来ずに、タマルの方が状況に気づいて自分の身体を手で隠すまでじっとそれを見る形になってしまった。誓って他意はない。
「隠すなって命令したけど?」
タマルの後ろから、丸い眼鏡にやけに長い前髪をかけた男が出てきた。よくよく見てみると(他意はない)、タマルは奴隷がするような首輪をしていて、それに繋がった鎖を男が持っていた。
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