第28話 2

 地平線の次は水平線。地雷を踏む恐怖の次は呼吸が出来なくなる恐怖が待っていた。ほとんど波のない穏やかな海。360度どこを向いても陸地は見えず、海中にもタマルと相手以外の生物の姿はない。今の所は。


 相手の発動。

 C-02-L『海帰』

 周囲を海にする。


 戦闘エリアを海に変えてしまうロケーション能力。試合が始まると同時に、2人は水深3mの海中に落ちた。とにかくまずは酸素を確保しなくてはならない。上に少し泳げば海面から顔が出せる。だが相手は当然この状況で有利になる能力を選択している。


 相手の発動。

 H-05-V『グラヴィジョン』

 視界に捉えた生物や物の重さを倍にする。


 タマルの泳ぎだけが目に見えて遅くなった。水中とはいえ、40kgの荷重は動きに明確な悪影響を与えるらしい。しかも『グラヴィジョン』は再発動が比較的容易で、相手を視界に捉えてさえいれば発動出来る為、距離を取られるとどうしようもない。しかも周りはどこまでも広がる海。それはどこまでも逃げられる事を意味している。


 『海帰』+『グラヴィジョン』の沈没戦略といった所か。強い。だが勝てない程ではない。


 タマルの発動。

 C-14-G『猛獣使い』

 虎、鷹、鮫の中から1匹を召喚する。


 不良在庫扱いしてすまなかった。この能力の真髄は、あらゆる状況への対応力にある。

 タマルの近くに1匹のサメが召喚された。陸地も船も無い大海原で、丸腰の少女がサメと隣り合わせ。字面も絵面も最悪の状況だが、もしもそのサメが味方ならこんなに頼もしい相棒はいない。


 タマルは召喚したサメの背びれに捕まり浮上する。多少の重さなら全く意に介さず、海面に上がった対戦相手にあっという間に追いついた。

 サメが一直線に相手へ食らいつく。


 相手の発動。

 A-07-T『ブロウ』

 触れた対象を2秒後に吹き飛ばす。


 対戦相手の腕に噛み付いたサメが、それを食いちぎる前に吹き飛ばされてしまった。だがその前にタマルはサメから降り、対戦相手に近接している。重さはあるが、かろうじて相手が逃げる前に射程距離に入れた。


 タマルの発動。

 A-27-T『シェアスタン』

 触れた生物と自身を3秒間気絶させる。


 決まった! 俺は思わずモニターの前でガッツポーズしてしまった。前回の勝利によって得たこの新しい能力は、俺の有り余るC-G系能力と相性ばっちり。勝負を決められる文字通りの必殺技になる。


 相手の『ブロウ』によって吹き飛ばされたサメが戻ってくる。タマルも相手も意識を失っているのでそれを確認する事は出来ないが、サメは忠実に命令を守る。


 再び相手に鋭い歯が食い込んだ。それも今度は腕ではなく首筋。それとタマルも相手も目を覚ました。相手はサメの歯の間からタマルを睨みつけ、タマルの体重は160kgとなった。サメの力を借りなければおそらく浮上は不可能な重さで、ゆっくりと沈んでいく事になったが、タマルはサメに対する攻撃の命令を解かなかった。あと数秒で、相手も死へと沈むのが分かっていたからだ。


 決着。

 タマルの勝利。


 試合が終了し、映像が切れ、張った肩から力が抜けていくのを感じた。今回も勝てたが、試合の振り返りは勝っても負けても必要だ。


 5回戦目の相手は2戦ともC-L系、戦闘エリアを変更するロケーション能力を使用してきた。俺と同じようにたまたま被って在庫化しているのかもしれないが、2戦ともきちんとその能力を活かした戦略を用意してきた。


 1戦目の『地雷原』では、跳ね上げ式地雷を吹き飛ばして押し付ける戦略。2戦目の『海帰』では荷重による沈没戦略。いつも殺風景なトレーニングルームのような場所での戦闘が主だったので、見た目の大きな変化が続くのは新鮮だった。


 対してこちらの1戦目は、既に実績もある『斥界』+『バリア』の耐久戦略。最高の相方である『番犬』が失われたのは痛い。あれだけC-G系ばっかりで嫌だと思っていたのに、今となっては『番犬』をもう1本欲しがっている自分がいる。


 2戦目は『シェアスタン』の有用性を確認する試合だったと言える。元々能力解説ですらC-G系能力との相性の良さについて触れられてる能力だし、特に戦闘能力の高い『猛獣使い』とのコンボは鉄板だ。


 弱点があるとすれば、そもそも近づけない相手。触れる事が出来ないので発動が出来ない。あとは相手もC-G系能力を使っている場合だが、単純な戦闘能力で言えばトップクラスの『猛獣使い』と『用心棒』の両方を持っているのでそこで上回られる事は少ないはず。


 とはいえ油断は禁物。つい数日前にそれで痛い目を見たばかりだ。とりあえず今回は2-0で勝てたので明日は休みになり、ランクは4に戻った。動画と能力解説とサロンをフル活用して研究に励むとしよう。

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