第22話 瞬殺

「いまいちですか?」


 受け取った箱を開け、注射器のラベルを確認した俺に、タマルはそう尋ねて来た。多分感想が顔に出てしまっていたんだろう。『暴発』はそのシンプルな名前の通り、相手の能力を勝手に発動させる能力だ。相手の意図しないタイミングで能力を発動してしまえるといえば何か良さそうなんだが、結局の所相手は最初から自分に有利になる能力を選んでいる訳で、召喚にしたって遠距離攻撃にしたって自分から使うのと大差はない。


 この能力、発動させた後に強制的に封印するとかだったらまだ良かったんだが、相手は再発動も可能だし、発動後に能力をオフに出来るタイプの物は普通にオフに出来ちゃうのだ。タイミングが肝心な『フリーズ』とかにはまあまあ刺さるが、それでもこっちはそれだけの為に能力を1個割いてるので得かと言えば微妙だ。


 俺はタマルを見る。きょとんとしている。ふと気づく。

「タマルの方から何か質問してくるのって、何気に今のが初めてじゃないか?」


「そうですか? 最初にメンターの権利を放棄するかどうか尋ねた記憶がありますが」

「それはほら、PVDOからの指示な訳でしょ?」

「ええ、まあ」

 今のは自主的に俺の顔を見て聞いてくれた訳で、意味が全然違うよ。と言いたい所だったが、何となくやめた。そんな事を言ってもまたきょとんとされるだけだ。


「とりあえず、今日はこれ食べて」


 今日のタマル用おやつはポッキー。1000万入ったんだからもっと良いの買ってこいよと思われるかもしれないが、試合開始までの時間もないしややこしい物買って来てもタマルも困るだろう。


「チョコがかかってる……。前に食べたプリッツの上位互換ですか?」

「いや、別にそういう訳では……」

 とりあえずチョコが好きなのは分かった。また少し仲良くなれたという事だ


「今日の作戦は、前回良かった『斥界』+『バリア』で行こう」

「『番犬』軸の時間稼ぎ戦略ですか?」

「そう。近距離遠距離両方に対応出来るし、『劣化分身』の残り回数が1回だから出来るだけ温存したい。他も召喚系ばっかりだから、使わないかもしれないけどさ」


 タマルはぽりぽりとポッキーを食べて、ちゃんと飲み込んだ後に言った。

「すいません」

「え!?」俺は驚く。意図してなかった。「いやいや、タマルを責めてる訳じゃなくて、むしろ逆にこっちが謝りたいというか、ほんとツイてなくてごめん」


 またポッキーを食べて、飲み込んだ後に答える。

「メンターは優秀です」

「お、おう。ありがとう」

 サロンの先輩達に認められるのともまたちょっと違う、少しむずがゆい感じ。


 その後、『斥界』『バリア』『番犬』を注射し、お茶を飲ませて送り出した。


 試合開始。


 タマルの発動。

 C-08-G『番犬』

 戦闘用の犬を召喚する。


 予定通りまずは犬から。あとは2、3分守りに徹するだけだ。昨日と同じ流れになればほぼ勝ち確。


 相手の発動。

 C-01-M『ジャンプ』

 1度だけ高速で跳躍する。


 タマルが下がって距離を取ろうとした所で、相手が一気に近づいて来た。『ジャンプ』は1度しか使えない能力だが、初期位置からでも瞬時に相手に隣接出来るのが売りのCーM系能力。


 近づいて来たという事は、おそらく近接戦闘に自信があるのだろうが、こちらには『斥界』+『バリア』で距離をあける方法がある。いける、そう思った瞬間の事だった。


 気づくとタマルが炎に包まれていた。まばたきすらしていない刹那の間に相手はタマルの後ろに回り込み、タマルは火だるまになっていた。


「うそだろ!?」

 俺は思わずモニターの前で声を出して立ち上がった。そして画面の端に表示された能力名を見て理解した。


 H-08-W『時間停止』

 2秒間、自身以外の時間を止める。その後、自身の全ての能力を封印する。


 相手の発動。

 A-01-R『火炎放射』

 手の平から炎を放出する。


 『時間停止』は文字通り自分以外の時間を全て停止する為、その間にしている事はカメラにも映らない。


 止まった時間の中で、相手は至近距離から炎を全てタマルに当て、時間が動き出すと同時に安全圏へ離れたという訳だ。こうなっては、『斥界』も『バリア』ももう何の役にも立たない。頼みの綱の犬もタマルの近くにいたので一緒に燃えてる。相手は既に攻撃を終えている。


 瞬殺。

 そうとしか表現出来ない試合だった。こちらが戦略を展開する前に試合が終わってしまったのだ。何も出来なかった。何もさせてもらえなかった。


 しばらく放心状態で、俺は何も考えられなかった。

 強すぎる。これは俺のマッチ運が悪いのか? それとも俺は弱いのか?

 心の底からタマルに申し訳なくなり、枕に突っ伏してそのまま寝た。サロンに行く気にもなれなかった。

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