第23話 鍵
他の人はどうか知らないが、朝起きると同時に何かを閃く事が俺はよくある。例えばパズルゲームで詰んだと思った面だったり、参考書を何度読んでも理解出来なかった方程式だったり。「あ、なんだ。こうすればいいんじゃん」という感じで唐突に、仰々しく言えば天啓が降りてくる。今回の場合、それは『暴発』だった。
対戦相手の使う、『時間停止』+『火炎放射』は、止まった時の中で無防備なこちら側に、好きなだけ炎を浴びせられる点がとにかく強い。文字通りの超火力って所で、この組み合わせの前に昨日の俺とタマルはなす術もなくやられた。だが、弱点が無い訳ではない。
『時間停止』はその強力な効果ゆえに、発動は1度きり。しかも、時間が動き出した後は他の能力も一切使えなくなるという非常に重いリスクを背負っている。よって、相手の瞬殺コンボに対してどうにかこちらが耐えきれば、例えこちらの能力が1つしか残っていなくても相手は丸腰。自動的に勝てるという訳だ。
ではどうやって相手の瞬殺コンボを耐えきるか。考えられるのは2つ。
1つは、炎に包まれた後に消火する方法。これはA-R系の『清水』かC-L系の『海帰』があれば比較的用意に実現が可能だが、残念ながらどちらも持っていない。よってこちらの手は不可能。
もう1つは、相手の発動自体を邪魔する事。
例えば以前にこちらが使った『劣化分身』+『インフィナイフ』のコンボは、どちらを先に発動させたかなんて大した違いはない。自分用のナイフ、分身、分身用のナイフってのが一応スムーズな流れだが、別にそれが多少前後した所で戦略自体に影響はない。だが、相手の使っているコンボは順番が重要なのだ。『ジャンプ』で虚を突いて接近、『時間停止』でガードを解除。『火炎放射』でトドメ。この流れを正確にやらなければ、破綻する。
と、ここで出番になるのが、昨日まではいまいちだと思っていた『暴発』な訳だ。『時間停止』と同時に相手の手からは炎が出始め、こちらに『ジャンプ』してくる。その移動にかかる時間と、既に出てる炎をタマルに当てようとする時間が余計にかかる。よって、昨日のようにモロに2秒間四方八方から燃やされ続ける事はないし、さっきも言った通り初撃さえ耐えれば後は何の能力でもこっちが勝てる。
なんだ、弱いじゃん。
昨日の試合を見た直後は、こんなのどうしようもないだろ、とか、能力のバランスが全然取れてねえわ、とか心の中で散々悪態をつきながら寝たが、一夜明けてみるとどうだ。簡単に攻略出来るアイデアがぽんぽん浮かぶ。別に『暴発』じゃなくたって、『ラストワード』でも『ラグ』でも良い。まだサンプルケースが少ないが、瞬殺系は能力操作系が弱点なんだ。
たった1つのアイデアで身体が楽になる。ふと気がつくと、今日も俺は会社を無断欠勤している。鬼電はもうとっくに着拒したし、今日が何曜かも今の今まで忘れてた。
口座と手元に合わせて1000万あるし、好きな事で生きていくのも悪くない。同窓会で「今何してんの?」って聞かれたら「能力バトルで食ってんだ」って答えてやる。頭おかしいと思われるだろうけど別にいい。
あとは、『暴発』と何を採用するかって所だ。3回戦の2試合目と同じように、相手が半棄権してくる可能性もあるから、今回もマッチョに頼ってみるか。『暴発』+『用心棒』の2つ。これなら相手が『時間停止』+『火炎放射』で来ても『暴発』で勝てるし、何らかの捨て能力で来ても『用心棒』で勝てる。2段構えの戦略という訳だ。
よし、ちょっと気は早いが祝杯といくか。真っ昼間からどうかと思うが呑みたい酒も気兼ねしない店もすぐ近くにある。サロンへ行こう。
部屋着から着替えてクローゼットをくぐりバーに入ると、既に浅見先輩と雨宮先輩がいた。人の事は言えないが、平日の昼間から良い身分だ。浅見先輩はいつもの定位置ソファーに腰掛けているが、雨宮先輩は対面のソファーで寝ている。寝ているのか?
「よう」
浅見先輩の今日のご機嫌は……どっちなんだろう。良くもなく悪くもなく。引き分けにでもなったのだろうか。
「昨日はどうでした?」と聞いてみると、「勝ったに決まってんだろ」と返って来た。だとすればその割には、やや浮かない顏をしている。
「それ、何です?」
テーブルの上に置かれた棒。サイズは片手で握り込めるくらいで、指で持ちやすいようにやや広めで平べったい部分がある。一見するとシルエットは鍵のようだが、棒の先にはギザギザも無ければ丸い凹みも無い。ただの鉄の棒。一体なんだろう。
「見りゃ分かるだろ。鍵だよ」
「一瞬そうかとも思いましたけど、分からないですよ。だって歯がないし鍵になってないじゃないですか」
「うるせえな。鍵っつったら鍵なんだよ」
「何の鍵ですか?」
浅見先輩はあっさり答えた。
「PVDO本部の鍵」
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