第7話 傾向と対策

「申し訳ない」


 敗北から一夜明け、何もない長い長い1日が終わりその日の夜、23時50分。俺は少女の来訪を土下座で迎えた。


「すいません、意味がよくわからないんですが」


 頭を床にこすりつけたまま、俺は喋る。


「昨日の負けは、完全に俺の油断だった。謝る」

「……とりあえず顔をあげてください」


 ゆっくりと視線を上に運ぶ。言っていた通り、そこには完全に再生し元の姿に戻っていた少女がいた。


「昨日言いましたが、戦闘中に負った傷は全て治されます。だからメンターが謝る事ではありません」

「でも痛みはある。死ぬんだから死ぬ程の痛みなんだろ?」

「それはそうですが、気にしないで結構です」


 気にしないでくれと言われてはいそうですかとなるほど俺の心は乾燥していない。確かに、このPVDOに魅了され、メンターとして選ばれ、非日常が始まった事に対しての高揚感はあった。しかし本来の俺は万引きすらした事のない糞真面目人間だ。嫌な上司も殴れずに一生を終える予定の普通人間だ。


「それよりメンター。今日の作戦を指示してください。時間もあまりありません」

「あ、ああ。分かった」


 俺は立ち上がり、アタッシュケースを開く。


 今日は休みだったので、1日かけて作戦を考えた。それと1つ、チャットで確認した事がある。マッチング、つまり対戦相手の選ばれ方についてだ。


 昨日戦った相手は、一昨日戦った相手と同一人物である事は間違いない。何故なら、相手は完全にこちらの能力に対して「対策」を立てていた。もちろん、偶然新しい相手が同じ能力を選び、偶然それがこちらの能力に刺さっていたという可能性もゼロではないが、能力の数から言ってその確率は限りなく低い。


 相手の取った作戦は、わざとこちらに『チャージショット』を溜めさせ、自分は犬の相手をしてわざと隙を作る。そしてこちらがトドメに入ると、そこを『方向転換』でカウンター。こちらが一撃必殺の大技を持っており、それを知っているからこその『待ち』だ。だから俺は確認した。


「次の対戦相手は誰だ?」

 あっさり返事が帰ってきた。

「昨日と同じですよ」

「これからずっと同じ相手なのか?」

「いや次で最後ですね。2本先取なので」

「なんで最初に教えてくれなかった?」

「聞かれなかったので」


 このチャットの主は、最初PVDOの管理人だと名乗ったが、1つ言わせてもらおう。

 管理出来てねえよ。

 普通1番最初にそういう大事な事は言っておくものなんじゃないのか。最重要ルールじゃないか。そんな風に俺が憤っているのが、ネット回線越しに伝わったのか、こう続けやがった。


「こちらも慈善事業ではないので、あなたのメンターとしての素質を見極めている訳ですよ。重要な情報を優先して集めるのも才能の1つですよ」


 そう言われたら何も言えないが、反論は1つだけある。


 お前が寝たんだろうが!!!


 とはいえ、人のせいにしていても勝率は上がらない。何せこの目の前の少女は、俺の持っている能力の在庫が無くなれば「処分」されるのだ。処分という言葉には色々な解釈があるが、良い方向ではない事は確かだ。


 彼女の命を維持するのに必要な勝率は6割。つまり、1勝1敗を延々と続けているだけでは緩やかに能力の所持数は減って行く。3勝2敗。それが最低ラインだ。


 しかしまずは、目の前の1勝をもぎとらなくてはならない。


「今から作戦を説明する。でもその前に、名前を教えてくれないか?」

「名前? 何のですか?」

「君の名前だよ。何かあるだろ?」

「いや、無いですね」


 無いのかよ。絶句する俺に、少女は続ける。


「強いて言うなら『被験者』とか『発動者』とか『対象者』とか」

「それは名前とは違うだろ」

「そうですね」


 まあ、無いというなら仕方ない。俺はもやもやとしたまま、今日1日を使って考えに考え抜いた作戦を少女に説明した。

 最初の作戦よりはやや複雑な作戦で、例外処理も多い為説明に7、8分ほどかかってしまった。


「……作戦は理解しました。残り1分です。他に何かありますか?」

 俺は5秒ほど考え、やっぱりもう1度聞いてみた。

「本当に名前がないのか?」

「ええ、本当です。もうお気づきかと思われますが、私は、というより私達は『クローン』ですので」


 確かに、これだけ同じ見た目の人間がいるのはクローン以外で説明がつかないとは思っていた。あらゆる怪我を治癒したり、人間を1人自由自在に転送出来るなら、国際法違反くらいの事はするだろう。


「分かった。じゃあ名前を決めよう」

「はぁ」

 あまり乗り気じゃない事は分かったが、俺も譲る気はなかった。

「タマルだ」

「はい?」


「お前は今日からタマル。今日も頑張って勝ってくれ、タマル」

「……意外と勝手なんですね」


 その名前は思い付きだったが、願掛けでもあった。とにかく勝って欲しいというのは事実で、名前をつけたからこそ、俺はこの子を殺される訳にはいかなくなった。


「とりあえず行って来ます。負けてもあまり気にしないでいいので」

「いや気にする。だから勝て、タマル」

「はぁ、分かりました」


 そしてローテンションのまま、タマルは転送されていった。


 3戦目、開始。

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