第8話 リベンジ

 H-21-W『ワールドエンド』

 全ての生物の寿命を残り1分に設定する。目を瞑っている間はカウントが止まる。


 タマルが最初に発動させたその能力は、世界を滅ぼす。


 まあ一見派手な効果だが1対1の戦いにおいては非常に使いにくく、まず使い道がない物だと思い込んでいた。事実、これを有効に使っている動画は見た事が無く、俺もほとんど無視していた。同じHEAD部位である『フリーズ』の方がトドメに緊急回避にと遥かに応用が効く。


 しかし必要は発明の母だ。俺は昨日の敗北によって学んだ。

 能力には「組み合わせ」と「相性」がある。


 俺の「ワールドエンド」に対し、対戦相手が発動したのはやはり、


 H-04-V『眼制疲労』

 視界にいる生物に疲労を与える。


 見るだけで対象を疲れさせ、死に至らしめる。だが、その「見るだけ」さえ封じるのが『ワールドエンド』であり、その効果による死は疲労のピークより遥かに早く訪れる。


 対戦相手が『眼制疲労』を発動したのを確認し、タマルは目を瞑る。これにより、タマルのカウントダウンだけがストップ。この動きを見て、迷わず対戦相手は近づいてきた。


 それもそうだ。片方が自ら視界を失ってくれるならば、これより有利な事はない。目を瞑っている限り、対戦相手は一方的にこちらをボコボコに出来る。相手が仮に何の能力も持っていなくても、1分あれば後ろから首を絞めて殺すくらいの事は出来る。


 『ワールドエンド』の弱点は、その効果が全体に影響を及ぼす物であるが故に、こちらだけの有利を築けない所だ。だが、策はある。


 タマルの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 昨日はこれを相手に良いように利用されたが、まあ見ててくれ。今日の使い方は少し違う。


 立て続けにタマルの発動。


 C-12-G『劣化分身』

 能力を持たない自身の分身を召喚する。


 新しく採用したこの能力。再発動に2分かかる為『番犬』のように複数回の召喚は難しく、『猛獣使い』のように戦闘能力が売りな訳でもない。しかも相手には分身と本体の見分けがつくし、分身は能力を使えない。俺はこの能力を引いた事を不運だと呪ったが、今では違う。気づいたのだ。


 この能力は『ワールドエンド』と「相性」がいい。


「目を開けて突進。私を見て足を止めました」


 いつもはひたすら無言で戦っているので、音声は効果音だけなのだが、初めて台詞が加わった。分身が本体に対戦相手の様子を報告したのだ


 そう、『劣化分身』は、劣化とはいえ人間なので知性がある。つまり『チャージショット』の溜め動作によって動けず、『ワールドエンド』の視界制限により目の見えない本体の代わりを分身にしてもらうのだ。もちろん、分身にも『ワールドエンド』の影響は及ぶ為、その寿命は1分に限られる。だが、それだけ時間を稼げれば相手も死ぬ。


「向かってきます」


 分身の報告に、タマルが「迎え撃て。近づけさせるな」と指示を出した。犬や虎とは違い、複雑な指示が出来るのも『劣化分身』の良い所だ。


 対戦相手からしてみれば、『ワールドエンド』によるタイムオーバーを恐れて目をつぶれば分身が襲ってくる。かといって目を開けたまま戦っても、『眼制疲労』が決まるには時間がかかりすぎる。

 だが、油断は出来ないのがこのPVDOだ。


 対戦相手の発動。

 C-27-B『エアアーツ』

 足の裏が地面から離れている間、身体能力を強化する。


 2日連続で使ってきた『ノーペイン』を捨て、新たに採用してきたのは同じく身体能力強化、CーB系の『エアアーツ』のようだ。これは、足が地面についていない間だけ肉体能力を大幅に強化する能力だ。


 対戦相手が、片足をフラミンゴのようにして浮かし、構えた。分身はそれも報告すると、1歩、距離を取った。対戦相手が跳躍する。『エアアーツ』は片足だけ地面から離しても効果があるが、空中で両足が離れている間は更に効果が増す。


 飛びかかってきた対戦相手の一撃を、分身は両腕でガードする。次の瞬間、骨が折れる音が響いた。


 PVDOにおける肉体の強化は、攻撃面においても防御面においても圧倒的な有利をもたらす。未強化の分身などでは、到底相手にならない程だ。


 ここまでで30秒。対戦相手は事実上の戦闘不能になった分身を放置して本体の方に来るかと俺は思ったが、先に分身の方にトドメを刺した。戦闘不能になったと言っても、言葉による報告は続けられる。まずは視界を奪う事を選んだようだ。この時点で38秒。


 分身の死亡と同時、タマル本体が目を開ける。そして『チャージショット』を構えたまま対戦相手を見据える。


 完璧とは言えないまでも、ここまでの流れは90点。分身が倒される事も、俺は織り込み済みで作戦を立てていた。


 睨み合ったまま、10秒が経過する。


 そう、この状況は、相手にとって言わば「詰み」だ。


 対戦相手が残り10秒の『ワールドエンド』のカウントを止める為に目を瞑れば、『チャージショット』を撃たれる。撃たれればそれを『方向転換』出来ない。何故なら見えていないから。


 しかし近づいて『エアアーツ』により格闘を挑めば、それでも『方向転換』が使えなくなる。『方向転換』には、対象となる飛来物が発動者と最低2mの距離をあけていないとならないという制限がある。つまり近づけば、『方向転換』は使えなくなる。


 そして目を開け続ければ、『ワールドエンド』により確実な敗北が待っている。


 取り得る手3つ、全てにこちらは解答を用意した。


 唯一懸念があるとすれば、相手が『方向転換』ではなく別の攻撃手段を用意している事だが、この様子ならそれもない。


 『ワールドエンド』残り2秒。


 対戦相手が目を閉じた。


 タマルはしばらく待つ。こちらのタイムオーバーまでは余裕が38秒あるからだ。分身が稼いでくれた貴重な時間だ。


 そして音を出来るだけ殺し、回り込む。相手が1秒だけ目を開けた。


 だが目の前にタマルはいない。


 背後から、十分に威力を溜めた「チャージショット」が迫っている。


 タマルの勝利だ。

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