第6話 暗雲

 昨日と変わらず、対峙するのは赤と青。赤がさっきまで俺の部屋にいた方で、青はどこから来ているのか分からない。多分能力と同じくランダムで割り当てられた相手だと思うのだが、いかんせん見た目が一緒なので見分けがつかない。しかしアップロードされ続ける動画から考えても、俺と同じような状況の人間が他にも沢山いて、同じような事をしているんじゃないかと考えられる。だから青側にもメンターがいて、作戦を立てている。多分。


 まずは昨日と同じく赤側の発動。


 C-08-G『番犬』

 戦闘用の犬を召喚する。


 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 犬で時間を稼いで一撃必殺の『チャージショット』を溜める。そしてトドメの補助に『フリーズ』を控えさせておく。我ながら、咄嗟に考えたにしては隙のない作戦だ。これさえやってれば誰にでも勝てるんじゃないか? 惜しむらくは今回含めて後4回しか同じ作戦が取れないという事で、早く新しい召喚系以外の能力を手に入れて、別の強力な作戦を立てないといけないという点か。


 そんな事を考えながらも、戦闘は進行する。対戦相手が発動したのは、


 H-04-V『眼制疲労』

 視界にいる生物に疲労を与える。


 C-03-B『ノ-ペイン』

 痛みを感じなくなる。


 あれ?


 昨日と全く同じ流れだ。召喚した犬が噛み付くも、それを『ノーペイン』で無視しながら、『眼制疲労』でこちらの疲労を蓄積させていく。


 というか、昨日と同じ相手なのか。それならまた同じ流れで勝てる。新しい能力がもらえる。次は何を選ぼうか。召喚系被りの雪辱を晴らすためにもCOREでいくか。あるいは引き際を考えてARMSかHEADか。


 いや待て。様子がおかしい。俺はモニターを凝視する。


 相手は昨日、噛み付いた犬を『ブロウ』で弾き飛ばして、その後間髪入れずに距離を詰めてきた。しかし今日は何故か『ブロウ』を使わない。というか犬と1対1で格闘し続け、噛み付かれたまま首を締めて、犬を倒す作戦できた。


 そして戦闘開始から30秒が経過。1匹目の犬が気絶したと同時に、2匹目の犬を召喚。やはり俺の読み通り、『猛獣使い』ではなくて『番犬』を選んだのは正解だったようだ。『チャージショット』もどんどん威力を溜めている。


 なんだ、昨日より楽勝じゃないか。そう思う一方で、何か言いようのない不安が俺の頭をよぎる。


 そのまま1分が経過。青は2匹目の犬も倒した。ならばとこちらは3匹目の犬だ。青は犬との戦闘で既に傷だらけだが、『ノーペイン』の効果によって怯みもなければ弱体化している訳でもない。


 1分半。3匹目の犬が倒され、4匹目の犬を召喚。と、同時に青側が動いた。今度は昨日と同じように、犬を無視して突っ込んでくる。それならば、同じ事を繰り返すだけだ。


 H-14-V『フリ-ズ』

 視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。


 こちらの『フリーズ』が発動し、青の動きが止まる。1分35秒溜めた『チャージショット』は、一撃で人間を屠る威力がある。


 よし、勝った。


 確信した瞬間、青が牙を剥いた。


 A-30-O『方向転換』

 飛来物の進行方向を任意の方向に変更する。


「やばい!」


 思わず叫んだ。手の平から放たれた『チャージショット』は、空中でくるりとその方向を変える。


 赤、つまり俺側に命中。いや、命中なんて生易しい物じゃない。全身に衝撃が伝わり、遥か後方へ吹っ飛んだ。防御する時間もなく、またそれに役立つ能力もない。腕が1本千切れて、口から血を噴き出して倒れこんでいる。


 対する青は犬との格闘によって傷こそ負っているものの、いずれも致命傷ではない。


 勝負は、決した。


 俺はモニターの前で脱力する。ゆっくりと息が抜けていく感じがして、呼吸をするのを忘れていたのに気づいた。


 初めての敗北。


 それは重く、重く、俺の肩に圧し掛かる。

 もちろん負けた事自体もそうだが、今さっきまでこの部屋にいたあの女の子が、酷い姿にされた事に対するショックがじわじわと湧きあがってきた。傷は全て再生されると言っていたが、『ノーペイン』という能力が存在する以上、痛みは通常通りにあるのだろう。腕が切れれば、腕が切れた痛みがある。事実、モニターの向こうの少女は負けた時にうっすらと涙を流していた。


 心の中のどこかで「俺は巻き込まれた立場だから、何があっても俺の責任ではない」という気持ちがあった。この1敗は、そんな俺の気持ちを抉り、このPVDOなる組織が抱える底知れぬ闇を垣間見せた。


「質問がある」

 俺はチャット欄に急いで打ち込む。返事は待たない。

「持っている能力がなくなったら、あの子はどうなる?」


 1分ほど、じっと待つ。返事がきた。


「担当するメンターに能力が無ければ、披験体は処分されます」


 処分。そのえげつない単語が、すっと俺の首の後ろあたりを横切った。


 勝てば新しい能力。

 負ければ何もなし。


 何もなし、だからこそ怖い。1回の戦闘で使う能力は頭、腕、体の3回分で、新しい能力は1種類で5回分。


 つまり、勝率6割以上を維持しなければ、いつかあの子は「処分」されてしまう。簡単な計算で分かった事実が、闇の中からじっと俺を見ていた。



現在の所持能力。


 H-14-V『フリ-ズ』残り:3回

 視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。


 Hー21ーW『ワールドエンド』残り:5回

 全ての生物の寿命を残り1分に設定する。目を瞑っている間はカウントが止まる。


 Aー10ーR『チャージショット』 残り:3回

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 Aー11ーI『バリア』 残り:5回

 手の平から透明な障壁を召喚する。


 Cー14ーG『猛獣使い』残り:5回

 虎、鷹、鮫の中から1匹を召喚する。


 C-08-G『番犬』残り:3回

 犬を召喚する。


 C-12-G『劣化分身』残り:5回

 能力を持たない自身の分身を召喚する。

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