第5話 あくまでランダム

 思えば昔から、この手のくじで当たった記憶がない。

 スーパーボールはちっちゃいやつばっかりで、席替えでは好きな子から1番離れ、人気のある講義は抽選で落ちるし、たわしももらった事がある。


 まあそもそも当たる人の方が珍しいのだし、今までは別段それが不幸とも思っていなかったが、ここに来て召喚系3被りはいよいよ自分の運命を呪うのに十分な素材と言えるんじゃないか。


 しかも『劣化分身』は、『番犬』みたいに複数回の召喚も出来なければ、『猛獣使い』のように戦闘能力が高い訳でもない。ただ単に能力を持たない自分をもう1人召喚するだけだ。


 忍者の分身の術みたいに、本体と見分けがつかない事を利用して攻撃出来ると俺も最初は思ったが、動画で別の人が使っているのを見た事があるのでそれが無効だと分かる。これ、召喚する所が丸見えだからどっちが本物かすぐにバレるのだ。


 何らかの方法で相手に目隠しをすればあるいは、って所だが、それだけしても分身は能力を使えない。つまり本体が能力を使えばその時点でバレる。使えねえ。


 だが1つだけ思いついた。


「これって召喚した状態で転送されるとか出来ない?」

 それが出来ればちょっとした時間稼ぎにはなるかもしれない。少女は答える。

「出来ませんね。そもそも戦闘エリア外での能力発動が禁止されています」


 それもそうか。それくらいの制約がなけりゃ、『ワールドエンド』で何十回と人類が滅んでいてもおかしくはない。


 仕方がない。新能力のクソ引きについては一旦忘れて、聞かなきゃいけない事から聞いて行こう。


「勝ったら新しい能力がランダムでもらえるってのは分かった。でも、負けたらどうなるんだ?」


「何もありませんよ」

 少女は至って普通に答えた。チャットでの回答と同じだ。

「それは君もか?」


 少女は小さく首を傾げる。

「どういう意味です?」


「昨日は無傷で勝てたから良かったものの、戦闘したら当然傷つく事もあるだろ? というか死ぬ事だってある。現に君は昨日相手を1人殺してる」


 戦いが俺の指示で進行した事は今は一旦棚上げだ。というかこういう事になるとは全く予想出来ていなかった。


「戦闘が終われば再生されるので心配はいりませんよ」

「再生?」

「ちょっとしたかすり傷でも頭が丸ごと吹き飛ばされてても元通りになります。昨日の対戦相手も今頃私達と同じく作戦を立ててますよ」


 降りたとまでは言わないが、肩の荷はちょっとだけ減った気がした。自責の念は昨日からずっとあったのだ。能力について考えたり、PVDOその物の存在に対して考える事が多かったが、頭の隅でずっと罪悪感がうろうろしていた。だが再生されるのなら問題ないか。その仕組みとか倫理観についてはこの際目をつぶろう。


「それで今日はどうします? メンター」

 そう尋ねられ、俺は何かもう1つ重要な事を聞こうと思っていたのだが、忘れてしまった。ここに来て急にふつふつと、目の前で進行している事が現実であるという実感が湧いて来てしまった。奇妙なタイミングだ。

「……ああ。とりあえず昨日と同じ作戦でいいと思うんだけど、どう思う?」

「さあ? 私には作戦を考える権利はありませんから。出来るだけメンターの言われた通りにやるだけです」


 そこで会話が途切れた。今頃の若い子はみんなこんなにサバサバしているのか? それともこの子が特別なのか? いや、別の意味で特別なのは間違いないと思うが。


「では注射をお願いします」


 そう、昨日もこれはかなり戸惑ったのだが、能力を決めたらその能力のラベルが貼られた注射器で少女に注射をしなくちゃいけないのだ。医者でもない俺が、中学生くらいの女の子の二の腕に、注射器で液体を注入するなんて、どっちの親にも見せられない光景だ。控えめに言っても犯罪である事は間違いない。


『フリーズ』『チャージショット』『番犬』

 3つの注射器を取り出し、針を皮膚にあてがう。


「痛かったら言ってくれ」

 と言いつつ、痛いと言われても何も出来ないのだが。

「はい」


 まずは『フリーズ』の注入を開始する。この注射器には目盛りが5つ刻まれていて、それの1目盛り分をぴったり入れなければならないらしい。多少の誤差は問題ないが、2目盛り分入れたり1目盛りの半分だけでは意味がないのだと言う。再生とか転送とか出来るのになんでここだけやけにローテクなんだという憤りもあるが、それを管理人とやらにぶつけても謝罪なんかは返ってこなさそうだ。寝るだろあいつ。


 3本とも注入を終えた後、何気なく聞いてみた。


「これ、中の液体が無くなったら新しいのがもらえるんだよな?」

「もらえませんよ」


 えっ。


「だってそしたら能力が使えなくなるんじゃないのか?」

「そうですね。能力の付与上限は注射器1本につき5回までです。それ以上同じ能力を使うには、勝って同じ能力を手に入れるしかありません」


 同じ能力を手に入れるったって、種類こそ選べるがそこからはランダム。狙って引く事なんて出来ないはずだ。


 盲点だった。

 能力をくれるというから、俺はてっきり既に手にした能力は自由に使っていいものかと思い込んでいた。無くなったら補充される物だと何の根拠もなく考えていた。


 そうなると、いよいよ俺のクソ引きが悔やまれる。全く同じ戦略は基本5回までしか使えない。必要なのは多様性だ。


 いや、ちょっと待てよ。勝って新しい能力が1つで、負けたら何もなし、注射器が1本で能力5回分って事は……。


「メンター、そろそろ時間です」

 俺は考えを中断して、答える。

「ああ、そうか。分かった。今日も頑張ってくれ」

「はい」


 淡白な会話を交わし、0時ちょうど。少女が再び音もなく転送されていった。


 そこで思い出し、俺はひとりごちる。


「あ、そうだ。名前を聞こうと思ってたんだ……」


 2回目の戦闘、開始。

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