第32話 オプション(ARMS編)

「オプションの調査?」

「うん。個人技能についての情報を集めて記録してて、もし良ければミルトにも協力してもらいたいの。無理にとは言わないけど」

「全然協力するよ。でも私の……多いよ?」


 ミルトはクラスの中心人物です。簡単に言えば、人望に厚く、成績も良く、そして強い子。ユウヒが学級委員長という役職を作る事を提案した際、クラスの大半がミルトがなるべきだと主張しました。何故か自分が支持されると思い込んでいたユウヒは、最終的にミルトに対する泣き落としでその地位を手に入れたのですが、今でも私はミルトが委員長になるべきだったと思っています。


「じゃあ今日の訓練の時に見せながら説明するよ」

「悪いね、ミルト」

「気にしないで。友達の役に立てるよりも嬉しい事なんて滅多にない」


 こういう事を臆面もなく平気で言ってしまえる子なのですから、そりゃユウヒと違って慕われるわ、と言ったところです。約束通り、個人訓練の時間を割いてミルトが私の前でその技術を披露してくれました。


 ミルトの発動。

 A-19-R『ファイア-ボ-ル』

 手の平から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。


「これが通常ね。で、発射の回転率を上げるのが」


 「銃身冷却」コスト:2

 『ファイアーボール』のインターバルを少し減らす。


「次弾発射が6秒くらい速くなる。次がこれ」


 「バナナショット」コスト:3

 曲がる『ファイアーボール』を放出する。


 ミルトの手を離れた火の玉が、ぐるんと弧を描くように曲がって体育館の壁に当たりました。


「それから火の玉本体を変えるのがこれ」


 「加熱」コスト:3

 『ファイアーボール』の温度を上昇させる。


 ミルトの手から放たれた火炎弾は通常の赤色ではなく青色をしていました。通常より温度が高く、そしてその分威力も上昇しているという事です。


「ふぅ……最後は私の必殺技」


 「デュアルファイア」コスト:5

 両手から同時に『ファイアーボール』を放出する。インターバルも2倍になる。


 ミルトの両手が同時に火を噴きました。2つとも色は青く、カーブして空中を交差しました。もはやその光景は通常のファイアーボールとは程遠く、ミルトの勝率が安定して高いのも頷けます。


 ミルトはたった1年でこれら全ての技術を習得し、それらを混ぜて使う事によって変化する戦況に対応します。『ファイアーボール』だけでもこんなに多彩なのに、これに加えてHEAD能力やCORE能力も絡みますから、その戦術はほぼ無限と言ってもいいでしょう。


「そんなに褒めないでよタマル。私ほとんど『ファイアーボール』しか練習してないし、他の能力に自信ないからそうしているだけであって」


 謙遜するミルト。これがユウヒだったら死ぬ程自慢してくるだろうなという考えが嫌でも頭を過ぎります。


 次の調査相手はミカゲです。ベルム先輩に弟子入りしてからの約半年で、めきめきと力をつけました。勝率も上昇していて、特に対ユウヒ戦では鬼気迫る戦いぶりを発揮し、直近5回の練習試合では1度も負けていません。


「タマルさん、こうして2人でお話するのは久しぶりですね」

「えっと、そうだっけ」

 ミカゲもミルトと同じく実技を見せつつ説明するというので、訓練場の方に移動したのですが、何故か私の隣に座って一向に訓練を始める気配がありません。


「タマルさん」

 距離の近さに戸惑っている私の手を握って、ミカゲは私の瞳を覗き込むように更に顔を近づけてきました。

「私に出来る事であれば何でも協力致します。なんなりと仰ってください」

 鼻息が鼻先にあたってこそばゆかったのでまずそれを何とかして欲しかったのですが、本題に入ります。


「さっきも言ったように、オプションの調査をしているから見せて欲しいの。ミカゲの『斬波刀』」

 実は訓練場に来るまでに2回同じ事を言っているんですが、ミカゲは真剣に聞いているようでいて、私に言わせたがるのです。それで決まってこう返すのです。

「つまり……腕前を見せろという訳ですね。私が実戦試験におけるタマルさんの相棒に足る人物かどうか、それを知りたいと」

 もちろんそんな事は一言も言っていません。ミカゲもユウヒとは違った方面で相変わらず面倒くさい子です。教室で大人しくなった分、こうして2人になるとブレーキが壊れたかのように暴走気味になります。


「いや、そうじゃなくて……」

「畏まりました。ですが、私の『斬波刀』の腕を見るには同じく『斬波刀』の使い手が必要です。もう少しお待ちを……あ、先生! お待ちしておりました!」


 ミカゲが大声を出すと、3年生の担任であるトモ先生が入ってきました。いつも不機嫌で眉間に皺を寄せているのがデフォルトの怖い先生です。今日も例外ではないらしく、私とミカゲを交互に睨んでいました。

「……あのなぁ、お前らと違ってうちら教師は忙しいんだ」

「申し訳ありません! ですが、我が親友タマルさんのたっての希望により……」

「うるせえな。何で今日そんなテンション高いんだお前」


 もちろんトモ先生は、私がオプションの調査をしている事を知っています。記録にはまだ懐疑的な立場を取っていますが、なんとか協力はしてくれるようです。


「さっさとやるぞ。出せ」


 ミカゲの発動。

 A-18-I『斬波刀』

 衝撃波を飛ばす事の出来る刀を召喚する。


 トモの発動。

 A-18-I『斬波刀』

 衝撃波を飛ばす事の出来る刀を召喚する。


 2人が同時に刀を手にしました。と、同時に、トモ先生が地面を蹴ってミカゲに斬りかかります。振りはコンパクトなのに、切っ先が早すぎて見えません。しかしミカゲは対応していました。


 小さく金属音が鳴ったかと思いきや、ミカゲは後ろにすっと下がり、トモ先生もそれを追いました。衝撃波も他の能力も無しの純粋な近接戦闘。以前、『斬波刀』の極意は足運びだと聞いた事があります。適切な距離を取り、相手の筋肉の動きを良く見て攻撃を仕掛ける。後の先、先の先、対々の先。鋭い刃の駆け引きをそれら理合のみで語るのは難しく、傍から見ている私が表現するのは最初から無理な事でしょう。


 それでもやはり、押されているのはミカゲの方でした。どこかのタイミングからか防戦一方になり、その表情や掛け声から十分気合は伝わってくるのですが、反撃には移れません。


 何十回目かのやり取りの後、ピタッと2人の動きが止まりました。そこでようやく、トモ先生の切っ先が僅かに早くミカゲの首下にかかっている事に気づきました。


「前よりは良くなった」

 トモ先生が刀を下げて、そう言いました。ミカゲはくやしそうです。


「まあ、まだ『2』って所だがな。書いとけよタマル」


 「剣士」コスト:2

 『斬波刀』の扱いに少し慣れている。


 自分で思っていたより評価が低かったらしく、うなだれるミカゲには悪いのですが、興味本位で聞いてみたくなりました。

「ちなみにトモ先生、ベルム先輩はどうでした?」

「あ? まあ『4』くらいか。いや卒業時には『5』だったかな。うちの方が強いけどな」

「えっとでも、コストは5段階表記ですので……」

「そーかよ。でも戦えばうちが勝つけどな」


 トモ先生は去り際、こんな事を言いました。

「そうそうタマル。オプション調査の件、学園長が偉く気に入ってたぞ。その内個人的に呼ばれるかもな」

 それを聞いた私は、ミカゲと並んで落ち込みました。

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