第22話 調査(中編)
横浜駅の構造は3層に分かれている。
まずは第1層、地上。日本一乗り入れ路線の多い駅であり、表の世界においてはひっきりなしに電車が発着を繰り返している。レールとホームが交互に敷き詰められ、アップダウンは激しいが視界は開けている。そこにジーズの姿はほとんど無く、時折次元結晶を探す個体がうろうろするのみとなっている。
そして駅を囲うように、ルミネ、高島屋、ジョイナス、そごう、スカイビルといった巨大な建築物が建っており、壁としての役割を果たしている。もちろんそれぞれの建物内には見張りのジーズが配置され、無闇に近づく事は出来ない。
次に第2層。広い空間に等間隔で並ぶ丸く太い柱が天井を支えている。ずらりと整列した自動改札によって区切られ、片方にはホームへと続く上り階段と、もう片方には西口、東口へと続く上り階段がある。駅構内と地下街は直接繋がっており、地下街からは横浜駅周辺の至る場所から出る小さな階段が、まるで筍のように1つの根を共有して生えている。それらを埋め尽くすのは増殖型ジーズの繭と、それらを管理するジーズ。併せて常に700体程度が控えており、1つの繭は1週間程度で成体になる事が確認されている為、1日に100体前後が誕生している計算になる。それらは全てPVDOの拠点に突撃を命じられ、生き残った個体のみがバスターミナルなどの広い空間で訓練を行う。これにより、生命力、判断力に優れた個体を選別しつつ部隊としての練度を高め、更にはPVDOへの牽制を行うのがジーズ側の基本的な戦略と言える。
最後の第3層は地下2階以下に広がる蟻の巣のような地下鉄網である。7本の線路がそれぞれの方向に伸び、階段とエレベーターによって3次元的な複雑さを構成している。地下にもそれぞれフロアがあり、そこでは増殖型ジーズの給餌が行われている。ジーズは主に共食いによってその生命活動を維持する。餌となるのは戦闘や訓練で死んだジーズ、足りなければその場で文字通り食うか食われるかの戦いが始まる。ここでもやはり長く生き残った個体ほど実力がつく事になり、さながら蠱毒のように非人道的かつ効率的な戦力増強システムを選択している。
巣であり要塞であり兵舎でもある場所、それが裏の世界における横浜駅の姿だった。
「あの人の無茶ぶりにも困ったものです」
駅構内の偵察を一通り終えたシャルルが呆れたようにそう言った。ノキはそれに否定も肯定もせず、そわそわとしている。駅内にある女子トイレには何故かジーズの姿は無く、『インビジブル』を解除して相談をする空間としてはうってつけだった。
「……シャルルさん、次はどうしますか?」
1期生であるノキから見れば当然シャルルは後輩にあたるが、敬称を略する勇気が彼女にはなかった。先輩からの敬語にやや違和感を覚えつつも、シャルルが答える。
「駅内の構造とジーズの配置は大体分かったので、次はいよいよ増殖型がどうやって増えているかを究明します。いくつかの仮説はありますが、裏付けを取る必要がありますので」
こくこくとノキが頷き、再度手を差し伸べる。
「でも無理は禁物です。まずい、と思ったらすぐに『ウォールダイブ』で離脱して下さい。偵察に来ていた事すら気づかせないのが理想ですから」
ノキが再び頷く。同じ1期生であるタムとの差に、シャルルは何とも言えない気分になった。
再び『融合』+『インビジブル』によって2人の姿が消える。『ウォールダイブ』によって壁は無いのと同然に移動が可能になるが、この能力は認識していない場所に移動する事は出来ない。よって、原始的な尾行が必要となる。
2人は既に、小さな繭を運ぶジーズの個体に目をつけていた。その後ろに張り付いて移動するのはノキの能力があれば容易い。やがて辿り着いたのは、駅構内の一室だった。
―――横浜駅 分娩室―――
そこでシャルルが目にしたのは、1人の少女だった。
それはかつてのシャルルの姿であり、PVDOに所属する少女全ての「以前の」姿だった。学園に通う以前の、メンター達と出会った時の、いわば「素体」とも言える姿。
違うのは、少女の四肢は白いスポンジのような肉塊に取り込まれ、一糸まとわぬ身体の腹部からは、同じく白い肉で出来た管が伸びている。少女の目に光は無く虚ろで、口端からは涎が垂れ、一目で正気を失っているのが分かった。
シャルルもノキも、同時に息を飲みこむ。『インビジブル』はあくまで姿を隠す能力である為、声も足音も出す訳にはいかないが、2人に任務を全うする覚悟が無ければこの時点で偵察任務は終わっていた事だろう。それ程目の前に現れた光景は異様かつグロテスクであり、いくつかの仮説の中にも無い想定外の物だった。
「うっ……ぐっ……」
少女がくぐもった声を漏らす。するとその腹部から伸びた管の中から、球状の物がごろりと転がり落ちてきた。ジーズがそれを拾い上げて抱えると、また来た道を戻って行った。少女が繭を産んでいる。いや、産まされていると表現した方が正しい。
その時、確かにシャルルは見た。少女の目から流れるひとすじの涙を。
だが、これはチャンスでもある。状況から見て、まず間違いなく増殖型ジーズを生み出しているのは目の前の悲惨な少女であり、シャルルには『ビーム』という攻撃手段がある。しかも、室内にいるジーズは明らかに戦闘型では無い為、少女を殺してすぐに脱出すればその時点で偵察以上の戦果を上げる事が出来る。シャルルの眼前には、敵の心臓が無防備に置いてあるのだ。
ノキに攻撃手段は無い。判断は、シャルル1人に委ねられている。
PVDO、ひいては表の世界で暮らす全ての人にとっても、この少女はここで殺しておくべきだ。シャルルの理性はそう判断する。しかしこの少女が被害者ではないと言い切れる根拠はない。むしろ、大抵の人間よりも悲惨な状況である事は間違いない。そんな少女を自分は殺せるのか?
シャルルはほとんど無意識に首から提げた犬笛を握る。もしも私のメンターならば、どんな判断を下すのだろうか……。
その時、悲鳴があがった。少女の物ではない。シャルル自身の物でもない。それは手を繋いでいたノキの物であり、声は苦痛を帯びていた。『インビジブル』が解除され、シャルルはその状況に気づく。攻撃を、受けている。
「あら、1発大当たりね」
シャルルが振り向くと、そこに立っていたのはラルカだった。
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