第21話 調査(前編)

 PVDOの会見から一夜明け、混乱する表の世界と変わって裏の世界は静かだった。駅周辺で次元結晶を巡った多少の小競り合いはあるものの、大規模な戦闘は起きておらず、死人も無い。それを嵐の前の静けさと呼ぶのは安易だが的確だった。


「タムさん、そろそろ会議の時間で……」

 いつの間にか秘書兼右腕になっていたシャルルが、タムの部屋を訪れて目にしたのは人型ジーズの姿だった。咄嗟に戦闘態勢になったが、タムがそれを手で制し、シャルルは状況を飲み込む。

「こうして見ると案外かわいいだろ?」

 床に跪くジーズの頭をタムが撫でる。ジーズの身体は全くの自由で、首輪も外し、手枷足枷もつけていない。

「……牢から出すならせめて何らかの逃亡対策をして下さい。タムさんが殺されるのは勝手ですが、私達にまで迷惑がかかります」

 シャルルの手厳しい指摘に、タムは「そうだな」と言ったきりジーズの頭を撫でるのをやめない。

「そろそろ作戦会議の時間です。そのジーズを牢に戻すのは自分でやって下さいよ」

 シャルルの態度も無理からぬ事だった。ジーズは全て敵であり、理解する対象でも保護する対象でもない。学園においても、裏の世界においても、その鉄則はこれまで絶対だった。

「なあシャルル」

 タムが尋ねる。

「会議にこいつ連れてっちゃ駄目か?」

 シャルルが冷ややかな視線で答える。


 ―――PVDO拠点 作戦会議室―――


「さて、奴らが表の世界に干渉する手段を手にいれた以上、こっちも呑気に構えていられなくなったのは承知の通りだ」

 会議室にはタムを筆頭に、シャルル。許遠防衛の要であるファクト。遊撃班のミカゲなど合わせて5名が出席していた。

「おそらく、奴らは『融合』を使っていくつかの能力を組み合わせ、世界間の干渉を行なっている。『生体移動』『ドロー』もしくは『ベクトル』、うちのメンターに聞いた所、このあたりの能力にジーズと次元結晶が揃えば可能になりえるそうだ。燃費はひどく悪いがな」

「タムさんのメンターはこの事態をあらかじめご存知だったのですか?」

「どうだかな。奴の事だから思いつきって可能性もあるし、奴が黒幕って可能性もある。考えるだけ無駄だよ」

 タムのメンターである穂刈雄介はPVDOにおける不動のランク1位であり、現在所属しているメンターの中では最も古参でもある。


「でだ、次に我々がしなければならない事ははっきりしている。裏切り者の処分だ。そして幸いな事に、それは我々の本来の目的と一致している」

 横浜駅。そこには裏切り者であるラルカ達が籠城しており、増殖型ジーズが生まれている場所でもある。

「つまり、次の任務はこうだ。横浜駅の拠点を叩き潰し、増殖型の仕組みを解明すると共に根本的対処をし、裏切り者を皆殺しにする」


 誰1人として反対意見を口に出さなかったのは、それがいかに困難なミッションであるかをむしろ皆が理解していたからだった。無理だ、と言ってしまえれば楽だったが、タムの挙げたいずれかを諦める事も同程度に難しかった。

「仕方がないので応援を呼んだ。そろそろ時間だが」

 タムが時計を見る。その時、1人の少女がすっと手をあげた。

「……あの、います」

 か細く、僅かに震えた鼻声。部屋の隅に立っていて、タムからは斜め後ろ。卓を囲む少女達からはタムが障害物になる位置取り。いつからそこにいたのかも分からなかった。

「ノキ。みんなに挨拶してくれ」

 この中の面子ではタムとファクトだけがその少女を知っていた。


「ノキです。えっと……頑張ります」

 あまりにも短い自己紹介に「他にも言わなくちゃならない事があるんじゃないか?」と、タム。

 ノキは自身の任務用スーツのスカート裾を両手で抑えて、まるで尿意でも我慢しているかのようにもじもじしている。髪は薄茶色のショートカットで、ニット帽を眉毛にかかるくらい深く被り、視線は常に地面を見ている。いかにも内気な少女で、注目されればされる程に汗をかいた。

「わ、私なんて何もありません」

 タムが持ったペンの背でこめかみをかく。

「いや、せめて自分が『アルファ』である事くらい言ってくれないと困るんだがな」


 アルファ。

 それはPVDOにおいて、特殊な経験を積み、本来の能力からは逸脱した物を会得した者の通称である。学園在学中に目覚めた者もいれば、裏の世界で任務をクリアしている内に目覚めた者もいる。能力の性質は覚醒者に近いものの、元の少女としての性質も同時に併せ持ち、記憶も維持している。PVDOにおいては現在3名のアルファが確認されている。


「シャルル、ノキと組んで敵拠点の偵察をして来い」

 タムの突然の命令に、シャルルは疑問を呈する。

「お言葉ですが、自己犠牲ですらない自殺行為は得策ではありません」

「ノキがいれば不可能じゃない」

 タムに視線を送られたノキは一瞬の内にパッと目を逸らした。そしてもじもじとしながらシャルルに近づいていく。もちろん2人は初対面であり、互いの能力についても詳細を知らない。

 ノキが自信なさげに片手を差し出した。それが握手を求める所作だという事に気付くまで2秒の時間が必要だった。


 ノキの発動。

 A-08-T『融合』

 自らの手と、他の生物に触れた部位を結合させる。


「シャルル、お前の『ペーストフィール』を使ってなるべく多く、なるべくバレないように視点を確保して来い。現場での判断は任せる。期待してるぞ」

 一方的に話を進めるタムに対し、シャルルの覚えた不信感には正当性がある。しかしノキにはそれすら無いようで、1期生2人の関係は完全なる主従だった。


 ノキの発動。

 H-16-S『インビジブル』

 透明になる。何かに触れるか、10秒経過すると解除される。


 『融合』によって一体となった2人の姿が会議室から消えた。


 本来、たった10秒しか発動しない『インビジブル』ではあるが、アルファであるノキのそれは特別だった。


 ノキには学園における3ヶ月間の「空白期間」がある。無論、PVDOの運営する学園はエルが生成した空間内にあり、表の世界とも裏の世界とも隔絶されている。よって覚醒者でも無ければ侵入も脱出も不可能であり、卒業と自殺以外に学園からいなくなる方法は無い。だがノキは、ある日突然寮の自室からいなくなった。生徒と教師総出で学園中を探したが、死体すら見つからなかった。元々ノキは対人恐怖症の気があり、学園という集団生活によってそのストレスが限界まで溜まってしまったのが原因だった。


 捜索を諦め、全員がその存在を忘れかけた時、倉庫で倒れているノキが発見された。ノキはずっと学園内に隠れていたのだ。『インビジブル』ともう1つの能力を駆使し、3ヶ月もの長期に渡って隠れ続けていた。食堂や倉庫から物を盗んで食べ、常に気配を消しながら人目を避けて眠る。もしも高熱が原因で倒れなければ、ノキの逃亡生活はまだ続いていたかもしれない。


 何故それほどまでに他人を恐れるのか、根本的な原因は分かっていない。しかしそのおかげでノキはアルファに目覚めた。そして今回の作戦においては、ノキの能力は必要だった。


「1ヶ月。誰とも会わずに暮らし続ける事によって『インビジブル』を最大で1時間発動させる事が出来る。それがノキのアルファ能力」

 タムがもう見えていないシャルルに向かって説明した。

「……もう行ったか?」


 シャルルの手を掴んだノキが壁に向かって沈んでいた。シャルルは混乱していたが、それが何の能力であるかは分かった。


 ノキの発動。

 C-29-M『ウォールダイブ』

 壁から壁へと瞬間移動する。


 『ウォールダイブ』+『融合』+1時間の『インビジブル』


 偵察という任務においては、これ以上無い程に完璧な能力の組み合わせだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る