第23話 調査(後編)

 ラルカの発動。

 H-15-F『アシッド』

 唾液が強力な酸性になる。


 奇襲により、ノキの右肩は火傷を負う。ラルカが口から放った酸の唾は、骨までは行かずとも皮膚を溶かし、肉をただれさせるには十分な威力を持っていた。

 シャルルは足元の違和感に気づく。駅構内の他の部屋には無かったカーペットが敷かれていた。


「……圧力感知ですか」


 『インビジブル』は発動者を完全に透明化する。この能力の前では動感センサーも赤外線センサーも無力化されるが、感圧だけは誤魔化しようが無い。姿は隠せてもそこにある事に変わりはなく、現にこうして攻撃も受けている。


「ノキちゃんと再会出来てとっても嬉しいわ。こんな形じゃなければもっと良かったのだけれど」

 ラルカの見下すような口ぶりに対して、シャルルは現状を把握するだけの時間を稼ぐ為に言葉を返す。

「2対1なのに随分と余裕そうですね」

「そうね……かわいい後輩に良い事を教えてあげる。そこのノキちゃんは戦力として『1』には数えられないわよ。むしろマイナス……というのはちょっと酷いかしら?」

 ふふ、とラルカが不敵な笑みを零す。だが事実、ノキの能力は戦闘向きではない。タムと同様、学園において同級生だったラルカはそれを十分知っていた。『インビジブル』の再発動自体は可能だが、『アシッド』による攻撃を受けた時それを避ける手段はない。


 シャルルとノキは手を繋いだまま『融合』を継続している。ノキの『ウォールダイブ』は発動するまでに僅かな時間を必要とする。ラルカとの距離は約5メートル。発動まで無傷で時間を稼ぐ事は至難に思えた。


 シャルルは仕方なく、すべき事をする。


「1歩でも……そこから1歩でも動いたらこの娘を殺します」

 シャルルはジーズの肉壁に取り込まれた少女を指す。少女に反応は無い。人質を取って相手を脅すというのは正義に欠ける行為ではあったが、合理的な判断でもある。


「面白い事を言うのね」

 ラルカが鈎のように曲げた人差し指を唇にあてて、質問する。

「『代わりなんていくらでもいる』それは、私達ならよく知ってる事でしょう?」


 目の前の少女は以前のシャルルであり、ノキもラルカも同じだ。今この部屋にいる4人の立ち位置が全く違っていた可能性も確かにあった。ノキが裏切り、ラルカが偵察に来て、少女が協力し、自分がジーズに取り込まれていたかもしれない。そんな考えが一瞬シャルルの頭を過ぎる。


「私はPVDOのやり方をあなたよりも知っている」と、ラルカ。

 シャルルは悟られないように静かに呼吸を整えつつ、目を細めて尋ねた。

「つまり、この娘に人質の価値は無いと?」

「さて、どうかしら」

 ラルカは腕を組んで僅かに首をかしげた。

「試してみる?」


 シャルルは考える。自身の『ナイトライダー』は接近戦でこそ最大に効果を発揮するが、ラルカの『アシッド』は近づけば近づく程に危険度が増す。『ビーム』で牽制しつつ攻めるのは有効な戦略ではあるが、ラルカのCORE系能力は『スリーステップ』。『ビーム』の発動中は視界が取れない為、この手の瞬間移動には相性が悪い。更に、ただでさえ負傷しているノキを潰されると脱出手段が無くなり、周囲はラルカの命令で動くジーズに囲まれている。


 勝算は非常に低く、生還は綱渡りだ。

 だが、やるしかない。少なくともアルファであるノキを失う訳には行かない。例え自分が犠牲になってでも……。


 そんな悲壮とも言える決意を秘めたシャルルの眼差しに対し、ラルカはとぼけたように言う。


「やる気満々って感じだけれど、戦うなんて一言も言ってないわよね」

 警戒を解かないシャルルにラルカが1歩近づく。シャルルは自身の宣言に反して動かない。

「ねえ、私達は確かに敵同士だけど、元は同じ遺伝子を持った双子のような物なのだし、仲良くしましょうよ」


 惑わす甘言にしか聞こえないそれに、シャルルは警戒を強めつつも尋ねる。「どういう意味ですか?」


 ラルカの右手には「鍵」が握られていた。見覚えがある。『キーメーカー』によって召喚された鍵だ。ラルカのARMS系能力はノキと同じく『融合』である為、誰か別の少女が召喚した物である事は間違いない。


「あなたの『ペーストフィール』をこの鍵で封印したらどうなるか知ってる?」

 それを質問と捉えるなら正直に答える義理などないが、ラルカの口ぶりは明らかに既に答えを知っている物だった。

「……部位としての機能は保ったまま、発動と解除が不可能になる」

「ご名答。要するに固定してしまう訳ね」


 シャルルはラルカが何を提案しているのかをすぐに理解した。そしてそれが実質的に自分をPVDOから追放する方法である事も分かった。


 ラルカは自身の着ている服を捲り上げ、へそを露出した。そしてまた1歩、シャルルに近づく。

「賢いシャルルちゃんなら、ここに何を貼り付けるかもう分かったわよね?」そしてにこりと笑う。

 間があく。シャルルが判断を終えて、ラルカの腹部に触れる。


 シャルルの発動。

 A-39-T『ペーストフィール』

 触れた部位に自身の目、鼻、口、耳いずれかのコピーを貼り付ける。


 選んだ部位は「口」。ラルカの腹部にシャルルの口が貼り付けられる。


 ラルカの提案はつまりこうだ。

 シャルルの『ペーストフィール』によって自身の腹部に貼り付けられた口を、『キーメーカー』の鍵によって固定する。これによってシャルルの意思で解除する事は不可能になるが、機能自体は無効化されていない為、シャルルは貼り付けた口を通じて何かを伝える事が出来る。


 能力を発動するその瞬間までシャルルは悩んでいた。ラルカが接近した所を奇襲するという手もある。だが、ラルカもそれは承知で接近してきているのは自明であり、それは負けないという自信の表れでもある。それでもやってみる価値が無い事は無かったが、自分のみならずノキの命を危険に晒すのは甘い判断に思えた。


「こういうの何て言うのかしらね。人質でもモノ質でも無いから……部位質?」

 緊張感に反比例するように冗談を口にするラルカに、シャルルは告げる。

「はっきり言っておきます。あなたの期待しているような事は起きません」


 シャルルにPVDOを裏切る意思は無いが、この状況を隠す事も出来ない。

 この状態でシャルルとノキが帰還すると何が起きるか。それは、「常に敵へと情報を渡す事が出来る味方を信用出来るか」という問題が持ち上がる。ラルカの狙いは明らかだ。仲間割れ、裏切りのオファー、戦力の追放。いずれを選んでもダメージを与える事が出来る。そしてタムにそれを選択させる事によって、個人ではなく組織全体にダメージを与えられる。


「……タムさんから『ラルカは陰湿で姑息な手を使う』と聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした」

 シャルルがそう言うとラルカはくすくすと笑って、

「PVDOはそれだけ私達を過小評価しているという事よ」と答えた。



 任務『増殖型ジーズ拠点の偵察』完了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る