第39話 役に立つ子
イツカちゃんから3度目の呼び出しを受けて、私はまた校舎裏に来ていました。もう呼び出せば来るというのが当たり前の事になってしまっていて、やはり私に上級生としての威厳がどうのこうのというのは最初から無理な話でした。最初から無視するか、毅然とした態度で断ればいいのですが、それが出来ないのが私という人間です。
しかし今日はちょっと様子が違っていました。笑われたり無茶な要求を押し付けられたりする事はなさそうです。
イツカちゃんの他にもう1人、1年生の子がいました。見た目は同じでしたが、イツカちゃんかそうでないかの区別はつきました。若干ですが雰囲気がふんわりした子でした。
「先輩、珍しいオプションを持った子を探して記録しているんですよね?」
何故それを知っているのか、とは思いません。どうせユウヒあたりがペラペラ喋ったのでしょう。隠している訳でもありませんし、まあそれはいいです。
「この子、ミクスと言う名前なんですが、入学2ヶ月で珍しいオプションを身につけてるんですよ。是非紹介してみたいなと思いまして」
あ、これは助かります。ただでさえ接点の少ない1年生。同級生同士の繋がりで紹介してもらえるのは非常にありがたいです。こうして恩を売られて弟子にならざるを得ない状況を作られているのでは、という疑念を抱かなくもなかったですが、オプションの調査記録の為にはやむなしです。
「じゃあ、やってみてミクス」
「うん」
ミクスの発動。
A-06-R『バーストショット』
使用可能な能力を1つ封印し、強力なエネルギー弾を放つ。
ミクスちゃんが空に向けてエネルギー弾を放ちました。ノーチャージで撃てる高威力の遠距離攻撃、その代償は他能力の封印です。私が空に向かったエネルギー弾を眺めていると、ミクスちゃんが2つ目の能力を発動させていました。
ミクスの発動。
C-11-M『バックワーズ』
対象の生物の背後に瞬間移動する。
2秒の間の後、気付くとミクスちゃんが私の背後に立っていました。
「分かりました?」
イツカちゃんから尋ねられ、本当は分かっていませんでしたが、「あ、いやまあ何となく分かったかも……」と曖昧な返事をすると、「見栄張らなくていいですよ、先輩」と言われました。
「ミクスのオプションはここからですから」
じゃあ「分かりました?」という質問は何だったのか。そんなの完全に私を嵌めるつもりじゃないですか。馬鹿にされたくなくて知ったかぶった私も悪いは悪いですが、本当の意味で悪いのはイツカちゃんですよね? 違います?
ミクスちゃんは私にぺこっと頭を下げると、そのまま無言で近くのベンチに横になりました。何だ何だ、と私が思っている一瞬の間に、ミクスちゃんは寝息を立て始めました。
「私達も座ってお話ししましょうか」
「あ、はい」
立場が逆転している。自認はありましたが私の力ではどうしようもありません。
ミクスちゃんが寝ているベンチとは違うベンチに並んで座り、話を始めました。
「私達って元は同じ遺伝子を持った同じ人間じゃないですか。でも違うメンターの所に派遣されて、こうして学園で時間を経過する事によってバラバラに成長する。背の高い子、活発な子、戦闘が得意な子、人付き合いが得意な子、いつも笑わせてくれる先輩」
最後のだけ特定の人物を指しているような気がしましたが、名乗り出るのもおかしいのでスルーしました。
「不思議じゃないですか? 身体の変化は能力による影響だとしても、こうもバラバラに性格まで分かれるのは奇妙な現象です。だって同じメンターの所に派遣された子でも、3年後には全然違った性格をしてるんですよ」
気になったので聞いてみました。
「イツカちゃんのメンターって?」
「穂刈雄介です」
穂刈雄介。メンターから聞いた名前です。確か不動のランキング1位で、ランクは唯一の60越え。あの真嶋より遥か高みにいる凄腕メンターです。
イツカちゃんの自信ありげな物言いの理由が分かりました。おそらく試合でも凄まじい勝率で生き残ってきたのでしょう。メンターにも見習ってもらいたいものです。
「そこで私は1つの仮説を立てました。私達は元から『自己暗示能力』が通常の人間よりも高いんじゃないか、って」
「自己暗示……能力?」
「ええ。簡単に言えば思い込みです。何かをきっかけに『私はこういう人間だ』と思うと、時間が経てば経つほどその性格になっていく。だから個性的になるし、考え方もバラバラになる。そういう習性を持った生物なんですよ」
うう……何か難しい事を言われています。頭の良さそうな返しをしたかったのですが、咄嗟に思い浮かびませんでした。
「オプションについてもそうです。能力は本来私達が共有し、共通する力のはずですが努力によってその性質を変えますよね? それって努力が実ったからというよりは、努力によって自信がついたからっていう要素が強いんじゃないかって思うんですよ。あ、オプションの調査記録を実際にしているタマル先輩にこんな事を言うのも釈迦に説法という物でしたね」
私は「そ、そうね……」と当たり障りのない相槌を打ちましたが、動揺は隠しきれていませんでした。
「で、それらを踏まえた上で、私は1週間前にタマル先輩にとんでもない宣言をしたじゃないですか。先輩を、弟子にするって」
それがとんでもない事であるという自覚を持っていた事に驚きです。
「あれは一種の実験だったんです。宣言する事によって、自己暗示力が高まり、自分をさらに成長させるんじゃないかっていう。で、その成果がこれです。見ててください」
イツカの発動。
C-22-M『スライド』
一定速度で地面との平行移動が出来る。
「エアライド」コスト:5
『スライド』発動時、5メートルだけ空気に乗って移動する事が出来る。
イツカちゃんが飛びました。いえ、それは飛んだというよりも空中を滑った感じです。入学後、たったの3ヶ月足らずで師匠もつけずに覚えたにしては凄すぎるオプションです。自己暗示能力についてのイツカちゃんの説明が、にわかに説得力を伴ってきました。
「あ、そろそろ時間ですね」
驚く私をよそに、イツカちゃんがミクスちゃんの頬をぺしぺし叩いて起こしました。ミクスちゃんは寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がると、また私に一礼して再び能力を発動させます。
先ほどと全く同じ能力を、ミクスちゃんは私の目の前で発動させてみせました。
1日に1度しか発動出来ないはずの能力を、先ほど寝てから15分ほどしか経過していないにも発動させるミクスちゃん。オプションとして纏めるならこうでしょうか。
「簡易睡眠」コスト:3
15分寝る事によって所持能力の封印状態を解除する。
今年の1年生はやばい。そんな思いが頭を過ぎりました。
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