第38話 恐ろしい子

 誰にも話して無いのですが、昨日のイツカちゃんとのやりとりは既にクラス中に広がっていました。つい前日までイツカちゃんを弟子にする気満々だったユウヒは「なんか思ったより厄介な子ですわね。タマルさんを生贄にして様子を見るのが正解かしら」と私にわざと聞こえるようにクラスメイトと談笑していました。


「その1年、舐めてますね。何だったら私がシメましょうか?」

 という提案をしてきたのはミカゲです。目が本気だったので私は「絶対やめて」と答えます。

「1年の癖に上級生に対しての礼儀がなってません。しかもタマルさんを弟子にしようなんて考えられない驕りです。そんな事が許されるのなら、私がタマルさんを弟子にします」

 私の手を握って熱く語るミカゲに恐怖を覚えつつ、私は精一杯の苦笑いでやんわりと拒否します。


 しかしそもそも下の学年の生徒に弟子入りするなんて事出来るんでしょうか。単純に疑問に思った私は、先生や先輩に聞いてみました。

「聞いた事ないな。でも面白いからいいんじゃないか」「一応学園長に確認してみるか?」「絶対面白がって許可する」「余計な条件とかつけてきそうだねえ」「そんな事をしたら上級生としての威厳が保てなくなる」「そもそもタマルに威厳なんて無いじゃん」


 みんな他人事だと思って好き勝手に言います。特に最後の意見に私は大ダメージを受けました。完全に流れ弾です。

 そんな中、流石は私の師匠。カリス先輩は的確に問題点を指摘しました。


「そもそもタマルは私に弟子入りしてる」

 確かに、その通りです。師匠と弟子は2人で1組。誰かの弟子が孫弟子を取る事自体は出来ますが、師匠2人というのはルールとして許可されていません。今日がたまたま個人訓練の日で助かりました。訓練場で休憩中にこうして相談出来たからです。


「だからタマルがそのイツカちゃん、だっけ? に弟子入りするとしたら、私が卒業した後ね」

「えっ……下級生に弟子入りする事自体は否定してくれないのですか?」

「まあ実力が無い方が実力のある方に学ぶのは当たり前の事だし、そこに年の差なんて関係無いでしょ。学園での1年の差なんて外ではたった10日間だし、私たちは遺伝子的には同一人物だし」


 カリス先輩がサバサバとしているのは今に始まった事じゃありませんが、こんな時でも感情的にならないのは何だかちょっと寂しい気もします。私がそう思っているのを察したのかもしれません。


「何なら私がその1年生と直接話そうか? 卒業するまでタマルは私の物だから手を出すなってさ」


 私は顔を両手で抑えて、表情がバレないようにして仰向けに転がりました。私をそうさせたくてわざと言っているのか、それともただの親切心が講じてたまたまそんな言い方になってしまったのかは分かりませんが、何にせよ私は「落と」されてしまいそうになりました。


「タマル、どした?」

「いえ、何でもないです」

「何でも無いようには見えないけど」

「何でも無いですからしばらく放っておいて下さい。あとイツカちゃんの事は私の方で何とかしますので、お気遣いなく」


420日目


 今日は私が2年生になってから初の「シューティングレース」が開催されました。前々回3位に入ってから参加を遠慮していましたが、今回は出場する事にしました。別に欲しい物があった訳では無いのです。今回の目的は、先輩としての実力を示し、無いと言われた威厳をつける事。


 1年生は参加出来ませんが、見学はしています。1年前の自分を思い出す光景です。あの時はベルム先輩とカリス先輩が私を弟子になるように誘って、その結果競うような形になりました。一方で今回の私は、私を弟子にしようとする不届きな後輩に先輩としての実力を見せつける為に頑張ります。何だかこの時点で大幅に負けているような気がするのですがそれは仕方ありません。


 「シューティングレース」は、移動しながら用意された的を壊してそのタイムを計る競技です。『チャージショット』という遠距離攻撃と『スライド』という移動手段を持つ私にとっては得意種目であり、結果も出せています。前回優勝したカリス先輩は辞退してくれていますから、チャンスは大いにあります。


 競技が始まりました。


 私は『スライド』を使って真っ直ぐ最短ルートを辿ってゴールを目指します。移動速度だけで言えば他のC-M系やC-B系には若干劣りますから、スタートダッシュと正確性で勝負です。


 『チャージショット』は私のオプションでもある早溜めを使って、的を壊すのに必要なだけの威力を作って、次々に発射していきます。1年生の頃は、早く撃ちすぎて的を壊せなかったり、そもそも狙いを外したりしてしまってロスがありましたが、今回は何とパーフェクトでした。


 結果、優勝です。


 自慢みたいになっちゃのは正直どうかな、って思うんですが、まあその、優勝……させてもらいました。うん。勝てましたね。驚いてるんですが、まあ努力はしてましたし、何で優勝出来たんだろうとは思わないですね。うん。え? ああ。結果ですか? まあ優勝……ですね。はい。あれ? そんなに凄いですかね? 私はそこまで思ってないですけど。


 私でもこういうテンションになる事はあります。つまりそのくらい嬉しかったのです。結果、イツカちゃんにも十分にタマル先輩の凄さ、という物をアピール出来たと思います。


 優勝するとアイテムを1つ何でもリクエスト出来るんですが、とりあえず保留にしておきました。優勝後、学園長の「物じゃなくても何でもいいのよ。例えば私との一夜権とか」という不快な冗談も、上機嫌だったので聞き流せました。


 ただ、つい先ほどユウヒから聞いた話によりますと、今日の私の結果を受けて「ますます弟子にしたくなった」とイツカちゃんは同級生に語っていたらしく、頑張った割には報われない私の日々を思い、何だか無性に悲しくなってきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る