第37話 面倒くさい子

「バカおっぱい甘いものバカ」

「はぁ!?」

「バカおっぱい甘いものバカ」


 朝からいきなりユウヒにそんな罵倒を受けて、いくら温厚な私でも声を荒げずにはいられませんでした。そもそも言葉の意味が分かりません。バカが2個含まれる一文を2回繰り返しですから合計4回バカと言われた事になります。


「バカみたいに大きい乳をした、甘いものばかりバカ食いしてる子なのだから、タマルにぴったりのあだ名ですわ」

 何だとこの野郎。私は思わずユウヒの胸ぐらを掴みかけましたが、ここで冷静さを欠いてはミカゲの二の舞です。1つ1つ冷静に指摘すれば良いのです。まず私の胸はバカみたいに大きくありませんし、確かに甘いものは好きですが、バカ食いしている訳ではありません。


「聞きましたわ。イツカちゃんと仲良くなったみたいで、羨ましい事ですわね」

 そこでようやく、ユウヒの不機嫌の理由と罵声を浴びせられた理由を理解しました。つまりこれは、嫉妬です。

「そんなんじゃないから」

「そんなんじゃないとは何ですの? 校舎裏に後輩からの呼び出し、楽しく談笑、また会う約束。ネタは上がっているんですのよ。あなた、イツカちゃんを弟子にするつもりでしょう?」


 面倒くさいな、とは思いつつ、ユウヒ程ではなくても噂好きの同級生が聞き耳を立てているのに気づきました。だからこそ私は、はっきり言います。


「確かに少しだけ話はしたけど、師弟云々の話は一切してない。私も誘ってないしイツカちゃんからも申し込まれてない」

 それは紛れもない事実でしたが、ユウヒは痛い所を突いてきました。

「じゃあ何の話をしましたの?」

「ほとんど話なんてしてない。……ただ笑われただけ」

「はぁ?」

「一昨日夕飯にシュークリーム作ったでしょ。その件について笑われた。それだけ」

 一瞬間があいて、ユウヒの頬骨が盛り上がり、「むふっ」というムカつく音が聞こえました。

「タマルさんって意外と後輩にいじられるキャラですのね。まあそれも仕方ないわ。しっかりしてる様に見えて天然だし」

 初めて言われました。そしてそれはユウヒの勘違いです。

「でもおかげさまでイツカちゃん攻略の糸口が見つかりましたわ。うふふふ、ありがとう、タマルさん」

 どういたしまして、2度と話しかけてくんな。そう言えたら楽なのですが。



400日目


 もう400日か、と思うと同時にまだ半分以上残っているのか、とも思います。今日は、困った事がありました。イツカちゃんから2度目の呼び出しです。


 1年生なのに、そんな気軽に上級生を呼び出して良いのだろうかという気持ちもあるのですが、私もかつて同じ事をカリス先輩にしたので今更良くないと断言する事も出来ません。実は私が先輩を呼び出した事によって、同級生の子が何人か弟子入りしたい先輩を呼びつけるというのが流行ってしまって、ちょっと問題になったのです。その時は何も処罰がありませんでしたから、もしかすると今後はこれが基本形になってしまうのかもしれません。


 イツカちゃんは、私の顔を見るなりくすっと小さく笑って、口を手で押さえてまた堪えているようでした。あれからずっとツボに入っていたのだとすると、どれだけ私は後輩から馬鹿にされているのかと不安になりましたが、なんとか呼吸を整えたイツカちゃんが言ったのは衝撃的な一言でした。


「タマル先輩、私の弟子になって下さい」


 言葉の意味を飲み込むのに時間がかかりました。

 私の、弟子に、なって下さい。

 ……ん?

 私を弟子にして下さい。ならまだ分かります。あるいは、私の師匠になって下さい。でも分かります。そのどちらでもなく、私の弟子になって下さい。


「えっと、聞き間違いかな?」

「いえいえ、タマル先輩には私の弟子になってもらいたいんです」

 意味が分かりません。


 先輩が後輩の弟子に? 聞いた事がありません。というか出来ないと思います。出来ないですよね? ……不安になってきました。


「あの、えっと……うん?」

 戸惑う私に対して、イツカちゃんは饒舌に語りました。

「タマル先輩は現在3年生のカリス先輩に弟子入りしてますよね?」

 うん。

「そこで『チャージショット』の訓練を行ってますよね?」

 うん。

「でも『スライド』については教わっていない」

 うん。

「私は『スライド』を持っていますし、教える事が出来ます」

 うん?

「一緒に頑張りましょうタマルさん」

 ちょっと待て。


 これで私が「あ、そうか。じゃあ今日から私イツカちゃんの弟子として頑張ります!」と言うと思っていたのなら大間違いです。

「……そもそも、イツカちゃんは『スライド』のオプションとか持ってるの?」

「オプション? ああ、個人技の事ですか。もちろん持ってませんよ」

 持ってないんかい。いやいや、当然の事のように言われても。

「ですがタマルさんより早く覚える自信はありますから、師匠は私です」

 何でだ。そして私はここで悟ります。この子には常識が通用しない。そして何を話してもおそらく無駄だという事に。


「そもそも弟子としての申し込みでも断るつもりだった。それが師匠の申し込みならなおさら受けられるはずがない」

「分かりました。じゃあ私が『スライド』についてオプションを覚えてくれば私の弟子になってくれるんですね?」

 何も分かってない。でも話が進んでしまっている。こんなに恐ろしい事はありません。

 知的な雰囲気で、優しい心を持って、先輩を笑う度胸があって、凄まじい自信家。どれが本当のイツカちゃんなのか。あるいは全てが彼女を構成する要素なのか。

「ではまたここで会いましょう。次は四の五の言わずにイエスと答えて下さいね」


 それにしても何故、私の周りにはこんなに面倒くさい子ばかりが集まるのでしょう。

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