第36話 ウケタマル
380日目
2年生になってから追加されたカリキュラムの1つに料理があります。3人1組になって担当になった1日の朝昼夜の食事を全て作るという物です。2年生3年生で合計27組あるので、大体1ヶ月に1回当番が回ってくるのですが、その日は授業も訓練も参加出来ません。
そうなると、欠席した日の授業内容に関しては知らない事になり、もしテストの時に授業でしか話していない内容を出題されたら不利ではないかと1年生の時は思っていたのですが、それはそれで「欠けた情報をいかにして補完するか」という能力を鍛えているのだそうです。ノートを写させてもらうにしても誰を選ぶのかとか、自習した時にどこまで内容を掘り下げるのかとか、人によってそのアプローチは違います。実戦においては欠けている情報だらけな訳ですから、理には適っているようです。
少し話が逸れましたが、料理についてです。朝早くから起きて、3人で120人分の料理を1日中作る訳ですから、なかなかの重労働です。朝は巨大な炊飯器でお米を炊き、巨大な鍋で味噌汁を作り、『猛獣使い』で召喚した鮫の切り身を片っ端から焼いていきました。これがまた非常にまずいんですが、何とか調味料で味をつけて、臭み抜きをして食べられるように作りました。
私が入学したての時、甘いもの中毒の発作を起こしたのもこの食事環境の悪さというのが1つの原因でもあります。私の場合、メンターにひたすらお菓子を食べさせられたのが悪い方に出た訳ですが、学園に来るまでそもそも食事という物をした事が無い子にとっては、どうやらそんなに苦ではないようです。
私が所属している班は私とユウヒとミカゲの3人です。班決めの際に2人が同時に私を誘ってきて、お互いがお互いを蹴落そうとするので収拾がつかず、そうこうしている内に他の班が決まってしまっていて、最終的に先生がキレて私達3人を纏めたという経緯ですので、料理中のムードはもちろん最悪です。今思えば、喧嘩する2人を放っておいてサトラやミルトとさっさと組んでしまえば良かったと後悔しているのですが、もう後の祭りです。このカリキュラムは協調性を養いつつ課題に取り組む力を育てるという目的も併せていますので、私は物凄いハンデを背負わされたまま、これから1年向き合わなければならなくなった訳です。
しかし、悲しい事ばかりではありません。1年生の時に行った料理実習は、レシピ通りに作るだけの物だったので、決められた食材を決められた量だけしか使えませんでしたが、2年生になってからは割と自由に使う事が出来る上、量は限られていますが学園長に食材をリクエストする事も可能になるのです。となれば、私が作る物は1つです。
薄力粉に塩と砂糖を混ぜて振るいにかけ、良く溶いた卵を加えます。それを牛乳とバターの入った鍋で撹拌し、生地を作ります。オーブンでそれをじっくりと焼き、半分に切ったそれに生クリームをぶち込んだスイーツ。
そう、シュークリームです。
実は1年生の頃から作り方を調べていましたし、ヒサ先輩に作ってもらった事もありました。ですが、他の先輩にリクエストするのは流石に憚られ、ヒサ先輩も流石に私の為だけに作ってくれる訳ではなく、また本物を食べた事が無いというのもあって、やはり不自由ではありました。もちろん、私の甘いもの中毒症状を抑えるのには大変役に立ったのは事実で、感謝してもしきれないのですがやはり、自分が納得いくまで味を追求でき、そしてお腹が破裂する程の量を作っても怒られないこの状況は良い事と考えられるでしょう。
そんな訳で、私は学園長に牛乳100リットルと高級卵200個とバター4kgをリクエストし、そこから遠心分離機で生クリームを作り、生地もレシピ通りに作りました。昼食に関してはユウヒとミカゲに完全に任せたので、午後は他生徒からクレームの嵐でしたが、そんなの関係ありません。後でもう1度食堂に来てください。至高のシュークリームをお見せしますよ。
そして夜になりました。取っ組み合いの喧嘩を終えてボロボロになり、疲れ果てた2人を放っておいて、私の自信作「タマルのふわふわさくさくシュークリーム」を夕食として皆さんに振る舞いました。ざわめきが起こりましたが、私の気持ちは達成感に満たされていました。
「確かに甘くておいしいけれど、お腹が全然いっぱいにならない」
「口の中がずっと甘くて頭が痛くなって来た」
「これを夕食と言い張るのは学園始まって以来の暴挙」
などの大絶賛を皆様から頂き、私達は先生に呼び出しをくらいました。先ほど反省文を書き終わったので、今はこうして日記を書いています。
新しい事というのは時として世間には認められない物です。次の当番の時はケーキを予定していますので、その時また新たな理解者が現れる事を期待しています。
381日目
今日は昼休み中に1年生のイツカちゃんが2年生の教室を尋ねてきました。前にユウヒが弟子にしようとしてフラれた相手であり、その事からも分かる通り、冷静な判断力を持った上に仲間を思いやる心のある優しい子です。
姿を現した時、真っ先にユウヒが駆け寄りましたが、適当にあしらわれていました。イツカちゃんの目的は、私だったのです。
校舎裏に呼び出されました。ここに来ると、カリス先輩との事を思い出します。
「タマル先輩、昨日の事なんですけど……」
昨日の事、そう言われて一瞬思い出せませんでしたが「ほら、甘いシュークリームを夕飯と言い張って死ぬ程大量に作っていたじゃないですか」と言われて、ああ、となりました。
もしや抗議がてらの殴り込みかと身構えていると、イツカちゃんは後ろを向いて俯き、肩を震わせていました。
あのおいしさを思い出して泣いてるのか? と私は心配になり、状況がよく分かりませんでしたが、そっと肩に手を置きました。
「や、やめてください……ふふ」
漏れ出た声の感じは悲しんでいる風ではありません。むしろ何かを必死に堪えているような、迫り来る何かに耐えているような雰囲気です。
「シュークリーム、嫌いだった?」
私がおそるおそるそう尋ねてみると、イツカちゃんは堰を切ったように大笑いし始めました。腹を抱えて、その辺をぐるぐる転げ回ったのです。その笑い声は呼吸困難による苦しさを伴い、目には涙も浮かべていました。
「ひぃ……ひぃ……だってあの時のタマル先輩……みんなからめちゃくちゃ怒られてるのに全然悪びれてなくて……ふふふっ……思い出しただけでも……ダメだこれ」
自分で解説しながら自分で笑っています。何なんでしょう。ユウヒから聞いていたクールなイメージとは随分と違いますが、馬鹿にされている事は確実なようです。
「す、すいません。笑いが収まってから、また改めてお話をさせてください。今日は勘弁して下さい」
そう言うと、イツカちゃんは戻ってしまいました。
一体何だったんでしょう?
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