第35話 上書き

 今日は久々にカリス先輩と2人で個人訓練を行いました。カリス先輩のオプションである片手溜めもたまにチャレンジしてはいるんですが、やはり適正が無いらしく進歩はありません。ですがそれでも学べる事は多くあります。特に移動しながら狙いをつける技術はやはりカリス先輩が圧倒的に上で、これを発展して更に相手からの攻撃もかわしつつ、動く相手を狙って撃つという技術を身に付けるには、ひたすらに練習あるのみです。


 今日は障害物のある訓練場を選んで、訓練用スーツに3つほど紙風船をつけてお互いの『チャージショット』で潰しあうという訓練を行いました。ゲーム形式で楽しくやれますし、私は『スライド』と『フリーズ』を使う一方で、カリス先輩は『アミニット』だけですので私にも勝ち目があります。それでも10回訓練を行ってちょうど勝ち負けが5対5になったので、私とカリス先輩の実力差は能力1つ分くらいと言えるかもしれません。


 休憩中に、昨日の話になりました。

 学園長からまた呼び出しを喰らった事を最初に言うと、カリス先輩はまず私の身体を心配してくれました。学園長の普段の行いがいかに最悪な物であるかというのは共有された情報です。


「それじゃあ何でそんなに浮かない顔してるの?」

 決定的な事を聞かれて、私は黙ります。訓練の最初から、私がいつもの調子を出せていない事は分かっていましたし、カリス先輩がそんな私を気遣ってあえて何も尋ねなかったのも分かっていました。休憩中にこの質問は、内容タイミング共に完璧だったと思いますが、それでも言うべきかどうかを迷いました。


 レジー先輩が覚醒に「失敗」した人だという事は、おそらく現時点においては学園長とレジー先輩本人を除いて私しか知らない情報です。相手がユウヒだったら絶対に言わない所でしたが、カリス先輩ならば信頼出来ると思いました。何より、学園長が私に言った「知っておいた方が良いと思った」という言葉が不気味過ぎて、1人で抱えるのが恐ろしくもあったのです。学園長から口止めされている訳でもありませんし、カリス先輩ほど頼りになる人はいません。


 くれぐれも内密に、という前置きをして、カリス先輩に昨日あった事を伝えました。


「覚醒の『失敗』……確かに聞いた事無いな。本当に学園長がそう言ってたの?」

 私は肯定します。『失敗』確かにそう言いました。

 カリス先輩は真剣な面持ちで確かめるように慎重に話し始めました。

「……これは卒業する先輩から聞いた話だし、本当に信頼出来る後輩にのみ伝えてと言われた話。本当なら、私が卒業する時にタマルに伝えようと思っていた。余計に混乱させるのは悪いと思ったから」

 私は息を飲み込み、カリス先輩の言葉を1つも聞き漏らさないように努力します。

「学園が出来て6年、外の世界では2ヶ月。その間に私達の中から生まれた覚醒者はたった1人のみ。管理人エフ、会った事あるでしょ?」

 組織のリーダー的存在であり、メンターとの繋ぎ役でもある覚醒者。いつも本部にいて、管理人エフの操る言葉には力があります。

「管理人エフが覚醒した事によって、一般人をメンターとして巻き込む計画がスタートした」

 この時、私はメンターの顔を思い浮かべていました。

「それがPVDO。能力戦少女開発機構」


「……案内人エルと学園長はどうやって覚醒したのですか?」

「それについては私も聞いた事がない。最初から覚醒していたっていう話を聞いた事があるけど信憑性はない。そして肝心なのは、管理人エフが覚醒した時の話」

 カリス先輩は若干声を潜めて続けます。もちろん訓練場には私達の他に誰もいませんが、それほど聞かれてはまずい話だったのです。

「エフには元々別の人格があった。今のエフとは似ても似つかない活発で人当たりの良い子だった。だけど覚醒して、まるで人格が『上書き』されたかのように変わってしまった」

「『上書き』?」

「おそらくだけど、覚醒には覚醒前の人格の喪失が伴う。先輩から聞いた事で、あくまでも噂だと思ってた。でも今タマルから聞いた『失敗』の話で信憑性は増した。だから話した」


 カリス先輩の気遣いはありがたかったのですが、この話の前と後とで何も解決していませんし、むしろ不安が増した気がしました。

「だけどこの6年で新たな覚醒者は出ていない訳だし、タマルもそんなに心配する必要はないよ。私達は私達に出来る努力をするだけ。私は同級生や卒業した先輩やタマルの為に。タマルは帰りを待ってるメンターの為に。それでいいじゃない」

 確かに、その通りです。存在こそ知っているものの、自分が覚醒者になるなんて想像するだけでもおこがましいですし、『失敗』やら『上書き』やら不安な要素は考えるだけ無駄とも言えます。


「それにしても許せないのは学園長ね」

 カリス先輩は握り拳を作りました。

「レジー先輩が抵抗出来ないの良い事に、その身体に好き放題するなんて許せない。そんなの真嶋と同じじゃない。いつか一発殴ってやらないと気が済まないよ」

 本気で言っているようです。カリス先輩自身が受けてきた仕打ちを考えると自然な感情なのかもしれませんが、覚醒者に歯向かう事は自殺行為ですから、どうか冷静になってもらいたいとも思います。私が言えた事ではありませんが。


「じゃ、そろそろ訓練を再開しよう」

 こうして、私はPVDOに関わる新たな情報を得ると同時に、その不安を胸の奥に押し込んで訓練に励みました。

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