第38話 自由時間

 駅ビルの1階に入っているパティスリー「マル・フェゴール」は女性客を中心に長年根強い人気を持ち、近所の奥様方や休憩中のOLなどでいつも賑わう名店である。以前、俺がタマルの為に買ってきた高級シュークリームもここで買った物であり、男1人で入るのにはちょっと勇気の必要な店だった。


 立地条件のせいもあってかほとんどが持ち帰りの客ではあるが、一応店内にも何席か用意されていて、ドリンクメニューもまあまあ充実している。働いていた頃はこの店の前を通る度に「女連れでこんな所に来るような男はご機嫌取りが上手いだけのクズだ」と見ず知らずのカップルに対して根拠のない誹謗中傷を抱いていたが、まさか俺がその立場になるとは。


「どう? 美味しい?」

「はい。美味しいです」


 昼も過ぎておやつの時間に差し掛かろうかという時に、俺はタマルを連れてこの店に来ていた。タマルが選んだのは以前も食べたシュークリーム。最初はそれだけでいいと言っていたのだが、舌噛みそうな名前のケーキを俺が勝手に3つ頼んで、無理やり食べさせた。1つは俺用。


「服、それで良かった?」

 タマルと外出するにあたって、戦闘用スーツのままではコスプレみたいで目立つし、そもそも露出度が高過ぎて確実にトラブると予想していた俺は、あらかじめネット通販で服を頼んでおいた。サイズ感も流行のデザインも全然分からないので「中学生 女子 服」で画像検索して1番上に出てきたやつと似たようなのを選んだが、タマルが気に入ってくれるかどうかは不安だった。


 俺の質問に、タマルは自分の格好を改めて見直した。

「私にもよく分かりません」

「まあそうか。そうだな」

 タマルは表情が凛としてるから、服の方がやや子供っぽくなってしまっているかなとも思うが、

「もし警察に職質されたら何て言うか覚えた?」

「『この人は私のお母さんの弟です。お母さんが出かけるので、今日1日預かってもらっています』です」

 という建前になっているのでちょうど良いくらいか。ちなみに俺に姉はいない。だが、中年にも差し掛かろうかという男が中学生くらいの女の子を連れ回していたら何かを疑われるのも仕方ない。


 待て。

 そもそも何でタマルが平日の午後に一緒に外出して、のんきにスイーツなんぞ食べているのか、と気になったのなら説明しよう。俺がずっと欲しがっており、何よりも価値があると豪語していたランク6報酬がこれだ。


 1週間に2時間だけ少女との自由時間。


 という訳で、残念ながらタマルは完全に自由になった訳ではない。だが自由時間と銘打ってるだけあって、何を食べてもどこに行こうとも誰と会おうとなにをしようと自由である。2時間だけなので、あらかじめ計画する必要はある。

 一応、ランクアップの前にタマルの要望は聞いてみたのだが、「メンターにお任せします」と連れない返事だったので、俺の一存でプラニングする事にした。それでまずは、過去1番タマルの感情が揺さぶられていたであろうシュークリームをもう1度食べさせてあげたかった。家で食べるのと店で食べるのとはまた違うし、実際こうしてタマルは自分のケーキを食べ終わって俺のをじっと見ている。もちろんあげた。


「こっちの駅とは反対方向に商店街があってさ、そこのケーキ屋も結構美味しいらしいよ。行ったことないけど、次の自由時間で行ってみようか」

「メンターにお任せします」


 まあそう答えるか。らしくもあるが寂しくもある。

「タマルって、何が好きとかって無いのか?」

 戦闘が終わった後、タマルがPVDOの本部でどんな風に暮らしているのかは知らない。前に本人から聞いた話だと、カプセルのような物に入れられて23時間以上眠っているらしい。だから俺のこの質問は、よくよく考えてみると残酷なようにも思えるのだが、何でもいいから話のきっかけが欲しかった。

 タマルは少し考えて、ぽつりと言った。


「甘いものが好きです」

 そりゃこんだけ食わせてればそうなるか……。心のどこかで「メンター」と答えてくれるんじゃないかとそわそわしてた自分を恥じる。そんなスイーツより甘い展開、PVDOが用意しているはずもない。


 多少不審な目で見られた気もするが、まったりした午後のティータイムを終えて自宅に帰ってきた。まだ自由時間は1時間ほど余っているが、会う約束をしている。


 クローゼットの扉からサロンへ。既に橋本と雨宮先輩が待っていた。もう2人の少女を連れて。


 タマルが3人いる。流石はクローンだけあって、見た目は完全に一致している。街で双子とか見かけると「似てるなあ」と思ったりするが、その感想を単純に3倍したようなもので、変な感動すらある。

 ただ、橋本の横にいる子はいつもの戦闘用スーツを着ているので見慣れているが、雨宮先輩の横にいる子はゴッテゴテのゴスロリ服だったので違和感が半端ない。


「ルカっちょ、自己紹介して」

「よろしくお願いします。ルカです」と、頭を下げている。

 おそらくは雨宮先輩が無理やり着させているんだろうが、自分の格好に対してどう思ってるのか聞いてみたくなった。


「サキです。皆さんこんにちはです」

 メンターである橋本が促さずとも自分から自己紹介したのは偉いが、なんか口調がちょっとタマルやルカとは違う。俺が不思議がっているのに気づいた橋本が補足する。

「ああ、アニメとか見せてるからだと思う。能力バトルものの奴とか参考になるかなって思って。それに出てくるヒロインの口調とかたまに真似するんだよ」


 そうか、その手があったか。多少は勝率に寄与するかもしれない。俺もおやつばっかり食わせてる場合じゃないかもしれん、と自分を戒める。

「浅見先輩は?」

「集まる事は言っておいたけど、来るとも来ないとも言ってなかった。今日は本部に行ってるし」

 浅見先輩が少女をどう扱っているのかは気になる所だが仕方ない。


 最後にタマルが挨拶する。

「タマルです。甘いものが好きです」



 何故だろう。全員同じ顔だし、同じ声だし、性格も大体一緒なんだろうけど、うちの子が1番かわいい気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る