第47話 頼む
11回戦の第2試合が行われるその日、俺は橋本に呼び出された。いつも集まるサロンにではなく、わざわざ個室で食う例のハンバーガー屋。呼び出し方もサロンのチャットではなくメールで直接。他のメンバーに知られたくない内容の話である事は明らかだった。まあおそらく浅見先輩に対する陰口だろうと思って意気揚々と俺はその店に向かったが、橋本の様子はいつもと違った。
「1つ、頼みがある」
個室に入って早々、上着を脱ぎながら橋本がそう切り出した。改めて何だろうか。ヒットマンを雇って浅見先輩を暗殺するという話なら俺も一口乗るぞ。
「もし俺がメンターの資格を失ったら、サキを助けてやってくれないか?」
それは思いもよらない物だった
だが、橋本の状況を考えると無理もない話だ。
ランク4に落ちて以来、橋本は1つも勝てていない。PVDOにおいて、勝てないというのがどういう事を意味するのかは今まで散々繰り返してきた通りだ。負けるという事は能力を失うという事であり、失うという事は更に勝ちにくくなるという事だ。負のスパイラル。マイナスの連鎖。今、橋本の所持能力は残り10個。もしまた今日負けて次のマッチでも1つも勝てなければ、それで終わりだ。
橋本は俺より先にPVDOを始めていたし、俺より頭の良いやつだ。性格もマメで、サキちゃんにも優しい。そんな奴が負けるはずがないと心のどこかで思っていた。多少運悪く負けが込んでも、能力の引きだって俺よりバランスが良いし、その内取り返すだろうという妙な安心感すらあった。
眼の前にある橋本の表情は、そんな俺の思い込みがいかに脆弱な物だったかを物語っていた。
「ま、まだ負けと決まった訳じゃないし、作戦だって用意してあるんだろ?」
それは質問というより願いに近かった。橋本がこのまま終わる訳がない。そう願っていた。
「一応はバランスよく残してあるが……多分俺は……もう」
そこに続く言葉を続けさせたくなくて、俺は橋本の胸ぐらを掴む。
「お前が諦めてどうすんだ。サキちゃんがどうなるか分かってんだろ!?」
思わず声を張り上げてしまった。俺はこんなに熱血漢じゃない。だが、親友に対して自然に出た怒りは偽らざる本音だった。
「分かってるよ。やれるだけはやる。ただ、自信がない」
それも橋本の本音だったんだろう。俺は掴んだ胸倉を離し、椅子に深く腰掛ける。俺が本当にキレるべき相手は目の前の男じゃない。分かっているつもりだったが、少し感情に負けてしまった。冷静になろう。
だが、橋本の代わりにサキちゃんを守ってくれと言われたって、そんなの簡単に返事出来る訳がない。
「俺に任せろ。お前が負けたら俺がサキちゃんを代わりに守ってやる」
心の中で言ってみて、その無責任さに呆れる。何も考えてない馬鹿みたいな台詞だ。PVDOの事すらよく分かっていないし、もしPVDOの管理下から少女達を逃す手段があるなら、とっくにタマルをどうにかしてる。
かと言って、
「そんなのは知るか。俺はタマルの事だけで手一杯だ」
と突き放すのも辛い。いくらなんでも俺にだって人の心という物がある。わざわざ俺だけをここに呼び出した意味。それを考えるといたたまれない。
「……考えさせてくれ」
それが現実の俺に出来た精一杯の解答だった。
PVDO。
謎の組織。俺のようなごく平凡な一般人の行動をネット上でも現実でもつぶさに監視し、人間や物を好きな所にワープさせ、本部の鍵みたいな奇妙な能力を持った物品を作り出し、多額の日本円を自由自在にする。
そして同じ遺伝子を持つ少女達に、能力を付与する注射。どこにあるかも分からない戦闘エリア。俺たちをメンターという役につかせて完全に管理するその力。少女達には僅かな自由しか与えず、負ければ勝手に処分する。
本部に行った日、浅見先輩は世界を救ってるとか何とか言ってたが、そんなの信じられるか? 俺の住む世界は至って日常。海を越えた遥か遠くでは酷い争いもあるんだろうが、国内では内戦すら起きていない。もちろん、世界を滅ぼすのが目的のような恐ろしい悪の組織もない。いやむしろPVDOがそれである可能性が1番高いくらいだ。
そんな組織の目を盗み、どうやって1人の少女の安全を確保するというのか。「考えさせてくれ」俺は確かにそう言ったが、答えが出るとも思えなかった。だったら偽りの言葉でもいいから、親友を慰めてやった方がよっぽど賢いんじゃないか。嫌われる覚悟で本音をぶつけて突き放した方がいくらか優しいんじゃないか。
「頼む」
橋本は俺の目を見てそう言った。「頼むな。勝て」そう言ってやりたかったが、出来なかった。
その日の夜。いつものように注射をして、いつものように送り出し、いつものように対戦が始まり、嘘のようにタマルは惨敗した。それは何も出来ない試合だった。今の俺と同じように。
1勝1敗。それでもまだ俺には明日があるが、橋本とサキちゃんにはもう時間がない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます