第51話 失態

 同級生が次々に保健室にやってきて、代わる代わる話をしました。ですがその内の1人にすらエスの事については話していません。どこまで話しても良い物なのか分からなかったのと、学園長に確認したい事があったからです。覚醒の仕組みについて私から伝えるべき事があるのなら、それからでも遅くないと思いました。

 それに、みんなが私の帰還を喜んでくれていたので言い出せなくなったというのもあります。

「私は覚醒者になれなかった、ごめん」

 謝る私に対して、ミルトがみんなを代表してこう言ってくれました。

「……やっぱり私って優等生にはなれないわね。タマルがタマルでいてくれた事の方が、この戦いに勝つ事より何百倍も嬉しいなんて」


 ミカゲは拒否した私ですが、正直ちょっとだけミルトになら抱かれてもいいとすら思えました。冗談はさておいて、この1年半で多くの事があったようです。


 まず、カリス先輩が卒業してしまいました。お別れの挨拶も出来ず、何の恩返しも出来ず、とてもくやしく思いますが、幸運な事に私は無事に3年生に進級出来たようです。元々の成績がそこそこ良かったのと、シューティングレースで好成績を収めていた事。そして昏睡状態から無事に戻ってきた事によってその権利を認められました。

 座学についてはこれから猛勉強して追いつく必要がありますし、実戦試験も当然受けなければなりませんが、あと3ヶ月で私も卒業です。カリス先輩に挨拶するのはその後で良いでしょう。


 メンターへの日記は、私が倒れてからしばらくはカリス先輩が中心になって交換日記の形で続いていたようですが、先生からの注意があって3年生になると同時に辞めさせられてしまっていたみたいです。ただ、それからもミカゲはこっそり書いていたらしく、ちょっと読ませてもらったのですが、一言で表せば狂人の書いたラブレターという雰囲気でした。


 前回の日記は私が意識を失った所で終わっているので、メンターも少しは心配してくれているかな、と思います。無事に卒業出来れば直接会う事になるので、この日記は書く意味があまり無いとも言えるのですが、やはり習慣でしたし、覚え書き程度に残す事にします。精神世界で何があったのかも後で書いて日記の間に挟んでおきます。


 サトラの『ヒール』によって身体を治してもらって、私はすぐ立ち上がる事が出来ました。授業の為に同級生達は教室に戻りましたが、私は学園長を待ちました。ミカゲは最後まで粘っていましたが、先生に回収されて、私は保健室で1人になりました。


 鏡の前に立ってすっかり姿の変わってしまった自分をまじまじと見つめます。


 髪は腰まで伸びて、その根元から先端に至るまでが真っ白です。白いカチューシャをつけてみましたが、同じ色なので埋もれてしまって何とも似合いません。両目も真っ赤になっていて、こんなに赤いのになんで視界は普通なんだろうと不思議に思いました。背も若干ですが伸びています。そして非常に残念な事に、胸も前より膨らんでいて肩が重たいです。


 でも、私は思いました。


 なんかかっこいいぞ……と。


 ナルシストだと思われるのは心外です。いえむしろ、見慣れない自分の姿に対しての素直な感想なのですから、自分が大好きというのとはちょっと違います。何というかこれは、ルカちゃんとサキちゃんが前に言っていた「コスプレ」に近い状態だと思われます。


 以前までの自分とあまりにもかけ離れた姿なので、違う人間になれた気がして高揚するのではないでしょうか。白髪赤眼というのもまた非常に現実離れしていて、この学園の中においてもかなり目立つ方です。


 私は鏡の前でおもむろにポーズを取りました。軽く曲げた手の指を顔にあてて、斜に構えて立ち、もう片方の手を身体に巻きつけるように下げます。

 良い感じです。なんかこう、自分で言うのもアレですが、孤高の女黒魔術師というか、何千年も生きている伝説の吸血鬼というか、要するにそんなイメージです。あくまで気分的な物です。以前の私はセムジアの事をちょっと変な子だと思っていましたが、お詫びして訂正します。結構楽しいです。


 その後も色々とポーズを変えていると、良い感じのアングルを見つけました。これを忘れないように、写真で残しておきたいという衝動に駆られてカメラか何か無いだろうかと室内を見渡すと、ドア越しに立っていた少女と目が合いました。


 あ、死んだ。


 私はそう思いました。その子はじーーーっと私を見ていて、私が気づいたのに気づいてドアを開けて入ってきました。見た事が無い子です。背は私と同じくらいで、金髪のショートカット、喋りだすと鋭い八重歯がちらりと見えました。


「相変わらずタマル先輩は面白いですね」


 先輩? しかも相変わらず、という事は1年下の後輩という事になります。まさか……。導き出された結論を私の脳は全力で否定しましたが、目の前の現実はいとも容易く私の願いを粉砕しました。


「イツカですよ。目覚めたと聞いて授業をサボって来てみましたが、最高のタイミングだったみたいですね」


 最も見られたくない姿を最も見られたくない人に見られた私は、そのまま無言で流れるように毛布にくるまって眠ろうとしました。甘き眠りよ、もう1度。次があれば私は躊躇なく覚醒者となる事を選ぶでしょう。


「何してるんですか先輩。師匠に向かってその態度は失礼なんじゃないですか?」

「……師匠?」

「ええ、そうですよ。約束したじゃないですか。私がタマル先輩を超えたらタマル先輩が私の弟子になってくれるって」


 約束なんてした覚えはありません。昏睡で記憶が抜け落ちていたのだとしても、日記を読み返していただければ明確なはずです。私は目を瞑って必死に逃げようとしましたが、傍若無人な後輩によって毛布は引っぺがされてしまいました。


「現実逃避しないで下さいタマル先輩。ただでさえ時間が無いんですよ」

「……時間?」

「ええ。来週にはタマル先輩の実戦試験が控えているんですよ」


 卒業の為には通らなければならない関門なのは重々承知です。しかし、そんな事をわざわざイツカに言われる筋合いはありません。


「放っておいて。あと出来ればさっきの事も忘れて」

「同じチームメイトとして放っておける訳がないじゃないですか」

 チームメイト? 私は瞼を開きました。

「そうですよ。2年生でまだ試験が終わってないのは私達のチームだけですから、タマル先輩はうちに強制的に入ってもらいます」

「そんな……だって私は3年生だし……」

「1年半も寝ていた人が何生意気言ってるんですか? 2年生に混ざって受けてもらいますよ。もちろんお目付け役は別の方です」

 イツカの口調は本気でした。

「試験中に私はタマル先輩を屈服させて弟子にするつもりですので覚悟して下さい」

「嫌だ……絶対ならない」

 私は断固として意思を示します。ベッドの上で丸まった状態だとカッコつきませんが、それでもはっきり言いました。

「じゃあさっきこのカメラで撮らせてもらったタマル先輩のカッコいいポーズ写真をバラ撒きますがいいですね?」

 身を起こすと、確かにイツカの手にはカメラが握られていました。


 入学したての時にイツカが見せた「仲間を思いやる優しさ」という物が、どうにも私に対して機能してないようなのですが何故なんでしょう。

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