第28話 1年の終わりに
365日目
学園に来てちょうど1年という日に、私はかつてない程に怒っています。
何度も書いている通り、学園と外との時間の流れは違います。それは学園のある空間が、メンターのいる世界から独立した状態で減速をしているからであり、1年に1度だけ学園と外の世界を繋げる為に、前もって加速してタイミングを合わせるのです。大変ややこしい話なのですが、要するに外での10日をこちらの365日にする為には、学園全体を半年かけて減速、その後半年かけて加速をしなければならないという事です。
なので、2つの世界が繋がっている時間というのは僅か10分と限られています。
例えそれだけ短くとも、案内人エルがいる限り物資のやりとり自体には問題ありません。職人アイが作った能力付与注射を大量出荷し、これから1年使う食料や日用品、わざわざ覚醒者の能力で出さなくてもいいような大量の生活必需品を大量入荷する大変な作業も一瞬の内に終わります。
そして卒業する3年生が出て、代わりに新1年生が入ってきます。なんとも慌しい10分間ですが、私達はこれといって特にやる事はありません。なので1年分の日記と一緒にこの前撮った写真を添えて、メンターに送りました。
それから、希望者だけがメンターと通話します。10分間限定、声だけの再会。私は備品のマイクとイヤホンを借りました。
メンターがこの日記を読むのは1年後ですから、もう会話の内容なんて忘れてるでしょう。だから私はこの怒りを風化させない為にも、記録しておく事にします。
「もしもし。聞こえますか? メンター」
「あ、もしもし。聞こえます」
「……こんにちは」
「こ、こんにちは」
繋がった瞬間は、なんだか妙に恥ずかしかったです。時間も10分と限られていますし、無駄な時間はもったいないんですが、10秒くらいお互いに黙ってしまいました。
「えっと……タマルだよな?」
おそるおそるメンターが訊ねてきました。
「そうです。何かおかしいですか?」
「あ、いや、なんか声の感じがちょっと違う気がして。マイク越しだからかな」
どう答えていいか分からず、2度目の沈黙。ぎくしゃくしています。メンターは咳払いを1度して、話題を変えました。
「日記ありがとう。ちゃんと書いてくれてるみたいだな。ところで一緒に出てきたこの写真って、今のタマルなのか?」
こちらから送った物は瞬時にメンターの手元に届いているようでした。
「はい。そうです」
「何ていうか……成長したなぁ。髪も背も伸びたし、こんなに変わるものなのか。正直驚いたよ。カチューシャも似合ってるし、これって口紅もつけてるのか?」
「はい。そうです」
肯定マシーンと貸した私。今更ですが、緊張していたんだと思います。
「そっか。まだこっちではタマルがいなくなってから10日しか経ってないけど、そっちでは1年も経ってるんだもんな。いまいち実感湧かないけど……」
「サキちゃんはどうしてます?」
これは元々聞こうと思っていた事でした。
「ああ。元気にやってるよ。サキちゃんほんとにアニメが好きでな、自由時間の時はずっと見てる。ご主人様って呼ばれるのはまだ全然慣れないけどな」
以前、私がメンターの事をそう呼んで、メンターが照れてやめてくれと言っていた事をふと思い出しました。
「サキちゃんのは許してるんですね」
「え?」
「いえ、何でもないです」
「サキちゃんになってからの戦績は6勝4敗。今日の試合はこれからだけど、まあギリギリ勝ち越してるし、ランクも維持してるよ」
それを聞いて私は疑問を覚えました。PVDOにおいて、試合で勝ち越す事はメンターとしての資格を維持する最低条件。それがギリギリの状態にも関わらず、メンターの口ぶりからは妙に安心しているような印象を受けたのです。
「メンター、お言葉ですが現状維持に満足しているだけではその内大変な事になりますよ」
「え? ああ。そうだな……まあ、確かに」
メンターのあまりにも腑抜けた返事に私は、一言申し上げなければ、という気分になりました。
「私はこの1年、先輩や先生達のご指導の下、同級生とも切磋琢磨して日々励んできました。能力の扱いにも慣れてきましたし、裏の世界での任務を意識した立ち回りも勉強中です」
自分の努力をアピールするのはあまりカッコいい事とは言えませんが、それでもメンターには伝えなければならないと思ったのです。
「私がメンターの下で戦っていた時はもっと勝率は良かったはずです。サキちゃんが悪いなんて事は絶対にありえませんから、必然的にメンターの作戦が甘い試合が多いという事になります」
「お、おう……」
「もっと真剣にやってください。負けた4つの内、1つか2つは取れていたんじゃないですか? 現状を認識出来ていないのではないですか? 私が戻るまでメンターでいてくれると仰ってましたよね? 真嶋を追い出す為にランクも上げるって豪語していましたよね?」
メンターは沈黙しました。私はふと我に返ります。
「……すいません、言いすぎました。せっかく1年ぶりの会話なのに、こんな事で時間を使うのはもったいないですね」
メンターから返事がありません。この時点で、私は妙だな、と思いました。
「メンター? 聞いてます?」
「ん? ああ、うん。ごめん。聞いてたよ。確かに俺が甘かった」
上の空。まさにそんな表現が似合う受け答えに、不信感は確信に変わりました。
「……メンター、今何してます?」
「え? いやえっとその、タマルの写真見てた」
この時点で、私からすれば信じられないの一言に尽きます。だってそうじゃないですか。こうして会話出来るのは1年でたった10分しかないのです。写真はこれからいつでも見らます。どちらを優先すべきかは明らかです。
怒りの容量がほぼすりきり一杯だった訳ですが、メンターが発した次の一言で完全に溢れ出してしまいました。
「……これ言っていいのか分かんないけど、タマルって……なんかその、おっぱ……あ、いや胸、大きくなってるよな?」
ずっとそこを見ていたという訳ですか。私との会話なんてそっちのけで、写真に写った私の身体の一部を見つめていたから、生返事しかよこさなかったという訳ですか。そうですか。ああ、そうですか。
怒りを通り越して呆れが、呆れを通り越してまた怒りがやってきました。それから私は反射的に通話を切って、ベッドに身を投げました。邪魔だ! と自分の身体の一部にもキレそうになります。
学園長には及ばなくてもメンターも変態の1人です。最低です。
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