第29話 新入生、起立
366日目
今日から私も2年生です。今までは上級生の背中を追いかけるだけの立場でしたが、これからは1年生が私達の後をついてきます。卒業していった先輩達の名に恥じぬよう、一所懸命訓練に励んでいかなければなりません。伝統を守り、次世代に受け継いでいく事が、私達が学園で為すべき偉大なる事なのです。
というような事を、ユウヒは入学式で語っていました。入学式自体、去年までは無かったのですが、ユウヒの提案で今年からやる事になりました。ユウヒは他にも自分で提案した「学級委員長」という役職に自分がついたり、カリキュラムに変更を加えたりと積極的に活動しています。提案があれば例え学園長が相手でも臆せず交渉しに行くその度胸は素直に感心する所です。
新1年生が旧3年生の使っていた教室にそのまま入るので、私達の教室自体は1年生の時と変わっていません。でも1年が経過した事により、私達は見た目も性格も本当に多様化しており、授業中の風景はがらりと変わりました。今まで金太郎飴みたいだった同じ顔も、きりっとした子、とろんとした子、しゅっとした子、もちっとした子、表情から仕草、癖や笑い方に至るまで何もかも違いますし、アクセサリーをつけている子も多いです。
髪色も、メンターの世界では非現実的な、青、赤、紫、灰色などが普通に存在しています。私のように黒髪のままの子もいますが、見た目はコントロール出来ないので、まだこれからどうなっていくのか全く予想もつきません。
午後になり、新1年生の初訓練を体育館の中二階から眺めていると、私達が1年でした変化が際立って明確になります。1年前は、全く逆の立場にいて、2、3年生のあまりの個性の豊富さに驚いていましたが、むしろ今は同じ顔をした1年生に驚いているという奇妙な現象が起きています。
「いかがですか? めぼしい子はいましたか?」
突然投げかけられたユウヒからの質問に、私は「え? 何が?」と当然の反応を返します。
「私達はもう2年生。もう弟子をとる立場ですのよ」
最初に新1年生が担任の指導の下で行っているのは腕立てやら何やらの基礎トレです。しかも身体能力は同じですから、みんなほぼ均一のスピードで、ほぼ同時にへばってきます。当たり前です。そんな光景を見ていたって、ユウヒの言う所のめぼしい子なんて見つかるはずがありません。
「私達は弟子を育てて1人前。忘れてはいませんわよね?」
「そりゃそうだけど、2年制の私達より経験豊富な3年生の方に弟子入りした方が良いんじゃないかな」
「あら、タマルさんはカリス先輩について後悔してますの?」
「全然そんな事言ってない」
「なら、1年生からしたって同じですわ。少なくとも私は、早く弟子を取ってどこに出しても恥ずかしくない子に育てるつもりですの」
どこに出してもと言ったって、私達の行き先は1つです。そんな事をわざわざ言うのも無粋な気がして黙っていましたが、ユウヒの目は本気でした。
「とはいえ、こんなシンクロ腕立て伏せを見ていても仕方ありませんわね。……あ、良い所にちょうど良い人がきましたわ」
ユウヒが見つけたのは3年生になったマイ先輩です。カリス先輩の友人で、実戦試験に同行していた方です。私達と同様に新1年生の初訓練の見学に来ていたようです。ユウヒはマイ先輩に駆け寄って、何やらごにょごにょと怪しいやりとりをしていました。
なんとなく聞こえた範囲では、
「……えー、そんな事やるのぉ? ユウヒちゃん趣味わるい」
「いいではないですか。これも私達先輩から与えられる試練という事で、ひとつお願いしますわ」
「まあいいけどさ、責任はユウヒちゃんが取ってね」
という具合。
不穏な会話を終えたユウヒが、嫌な予感を両手いっぱいに抱えて走って戻ってきました。「一体何を……」私が言いかけた途端、事は起こりました。
マイの発動。
H-05-V『グラヴィジョン』
視界に捉えた生物や物の重さを倍にする。
並んで腕立て伏せをする新1年生の内1人の子の重さが倍になりました。40kgの重りを突然背負わせるような物ですし、腕立ても終盤でしたからその子はぺたんと床に張り付いてしまいました。
「ちょ、ちょっとユウヒ! 何て事してんの!?」
「マイ先輩はノリが良くて助かりますわ」
「じゃなくて、かわいそうでしょあの子が。あんな重くなったら動けなくなるに決まってる。早く先生に言わないと……」
「まあまあ、落ち着いてタマルさん。ちょっと様子を見ましょうよ」
前から気づいてた事ですが、ユウヒは口調こそおしとやかなお嬢様ですが、その内面はドクズです。「ぐふふ……」とお嬢様が絶対してはいけない笑い方で、突然の事態に戸惑う新1年生を見下ろしています。入学式でのスピーチは一体何だったのか。
訓練を監督していた先生も1人の生徒の異変に気付いたようで、私達が見学している中二階を見上げましたが、マイ先輩は既に逃亡済みです。友人として、1発ユウヒを殴らなければ、という決心を私が固めた時、ざわめきが起こりました。
「あら?」
ユウヒの視線の先には、重くなった1年生。そしてその子の隣に片膝で立ち、肩を抱き起こして腕立て伏せを助ける別の子がいました。
「ほらね、めぼしいのを見つけられたじゃないですか」
重くなった子が規定の腕立て回数をクリアした後、それを助けた子は元の位置に戻って自分のノルマを黙々とクリアしていました。誰より先に状況を理解し、誰より先に助けに入ったその子の行いは、とても尊い事のように思えました。
「タマルさん、私はあの子を弟子にしますわ」
ユウヒが凛とした表情で私にそう宣言しました。
……いや、あの子の能力もまだ分からないので、カッコつけて自信満々に断言出来る意味が分からないのですが、まあそれはそれとして、その後きちんとユウヒとマイ先輩の行いは先生に報告しておきました。
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