第30話 オプション

367日目


「イツカちゃんという名前なんですって、あの子。そして何と何と、聞いてくださる? 私と同じく『アンタッチャブル』の使い手なんですのよ。信じられます? これを運命と言わずして何と言いましょう」


 朝から全く同じ内容の話を何度も聞かされて、私は昼食時には軽くノイローゼになっていました。初めての訓練で、困っている同級生を率先して助けた新1年生の事で、ユウヒの頭を一杯のようでした。

「はぁ〜イツカという名前も何だか切なげでとっても素敵ですわ。早く弟子にしてかわいがりたい……。今日の放課後こちらから申し込みに行っていいかしら? どう思われます? タマルさん」

 好きにして下さい。と私からは何度も言ったので、もう無視する事に決めました。


 以前はこうして私が困っていると、どこからともなくミカゲがやって来て、ユウヒに言葉で殴りかかっていたのですが、3か月ほど前からそれも無くなりました。ベルム先輩のご指導により劇的に力をつけてきたミカゲは、必要な事以外は喋らない無口な子になりました。


 本人から聞いた話によると、ユウヒの事についてベルム先輩に相談してみた所、「レベルの低い子の相手をする事は自分の品位までも落とす事になりますよ」という話をされたらしく、それ以来無駄口を叩かずただ目を光らせる事を美徳としているようです。


 なんだかそう考えるとユウヒが少しかわいそうですが、どんどんゲスになっていく彼女を止める事は私には出来ません。ユウヒの師匠であるフィレス先輩は割と放任主義な方らしく、ユウヒは今この学園において怖いもの知らずです。



368日目


 いつもなら教室に入るなり挨拶がわりにゴシップを投げてくるユウヒが、珍しく机に突っ伏して寝たフリしていました。触らぬ神に、とも思いましたが、昨日の放課後猛ダッシュで1年生の教室に向かった後ろ姿を思い出し、私は尋ねました。


「で、どうだったの?」

 ユウヒは顔をあげて、口をへの字にして言いました。

「あの子、この私の誘いを断りやがりましたわ」


 はい爆笑。と言いたい所ですが、正直予想はついていました。学園に入りたてで右も左も分からず、師弟というシステムさえ理解していない子を相手にいきなり「弟子になれ」なんて言ったって受け入れられるはずがありません。


「1か月くらい経ってからもう1回誘ったら? 私達の時もそうだったし」

「私あの後、懇々と2時間かけてあの子に師弟についての事と能力についての個人講義を行ったんですの」

 ユウヒの2時間ぶっ続けトークショー。地獄かな? と思いました。

「それで一通り理解した後、あの子なんて言ったと思います?」

「さあ?」

「『私とあなたの戦略は合いません。弟子入りのメリットはあまり無いかと思います』ですって! そんなの関係ありませんわ!」

 いや、関係なくはないです。

「私が弟子にしたいと言ったら大人しく弟子になるしかないのですわ! みんなみんな私に従うべきなのですわ!」

 朝から暴論をぶち上げる我が友のいる教室の風景。あえてタイトルをつけるならば「独裁者と化した同級生」といった所でしょうか。


「じゃあ弟子にするのは諦めるの?」

「いいえ! 決して諦めません。私が弟子にすると決めたのですから、何が何でも弟子になってもらいます」


 ユウヒは本気で言っています。ミカゲというライバルが沈黙を大切にするようになって、それに釣られて大人しくなるかと思いきや不遜な態度はより激しくなりました。それにしても新1年生の初訓練の件は酷かったですが。


「ちなみにだけど、イツカちゃんの『アンタッチャブル』以外の能力は何なの?」

 それは何気なく聞いた質問でしたが、何かのスイッチを切ったかのようにユウヒの顔からいきなり感情が消え、きょとんとして私を見ました。

「知りませんわ」

 おしゃべりなのに嘘の苦手なユウヒ。

 そしてボソッと遠くから聞こた声。

「『タイムボム』と『スライド』」

 それは剣術の本を読み込んでいるミカゲでした。


 『スライド』が一致している私に対してそれを隠したかったのは何となく理解しました。あっさり嘘をついた友人に対して私は少し悲しくなりましたが、ユウヒの敵愾心を解くためにも宣言しておきました。


「心配しなくても、一昨日も言った通り私はまだ弟子なんてとらないから。カリス先輩からまだまだ教わりたいし、他にやる事もあるし」

「ま、それもそうですわね。ただタマルさん、何故かモテるからちょっと心配で」


 メンターには以前からこの日記でもお伝えしていますが、私は今訓練と並行して能力の「オプション」について情報を纏める作業を行なっています。

 あれから多少の進展もあったので、現在の状況を確認してみましょう。


 「オプション」という呼び名は、最初誰が言い出したのかすら定かではないのですが、3年生の一部先輩がそう呼んでいて、その先輩もその先輩の先輩が呼んでいたのを聞いていたそうです。おそらくその先輩の先輩の先輩も……なんだかよく分からなくなってきましたね。要するに、誰からともなく昔から何となく呼ばれて来た名称という事です。


 でも何となくしっくり来る呼び方ですし、指し示す範囲が広いのも良いと思います。ただ、今後の為にも言葉の定義はきちんとしておかなければならないと思いまして、ここに改めて書いておきたいと思います。


 「オプション」とは、能力に付属する「個人技能」の事です。


 例えば私なら『チャージショット』の時間を短縮する「早溜め」ですとか、カリス先輩なら片方の手で溜める「片手溜め」です。『斬波刀』の扱いに長けたベルム先輩は「達人」と呼んでも差し支えないですし、ベルム先輩は他にも『フリーズ』を「冷静的確」に発動する術を持っています。


 これまでの学園において、それらのオプションは師匠から弟子へと個人的に教えられていく物であり、確実に伝わる物ではありませんでした。私とカリス先輩のように、同じ能力に対して別のオプションが付く事がありますし、良い師匠についても何も得られない場合もあります。


 そういった事が起きた際に、過去の記録があれば迷ったり孤立せずに済むと思ったのです。「オプション」という定義の下、それがどんな技能なのかをパッケージ化していく。そうして少しでも後輩の役に立てばというのがこの作業を始めたきっかけです。


 当初、この私の提案に先生達は反対でした。理由は、オプションの記録が存在するという事は、その反面、型に嵌った成長に誘導するという事でもあります。例えばベルム先輩に憧れを抱いた下級生が、ベルム先輩のオプションと全く同じ物を取得するとなれば、その時点で1人分の多様性が消える訳です。


 学園の目的の1つは、私達を裏の世界で戦う兵として育てる事ですが、それは優先順位で言えばあくまでも2番目です。1番目は、言わずもがな覚醒者の発見。PVDOに4人目の覚醒者が加われば、それがどんな能力であれ勝利はこちらへと傾きます。


 もちろん、先生達の言い分は分かります。授業や基礎訓練が均質化してしまう分、私生活や個人訓練の時間は割と自由にやらせているのも多様化の為です。おかげでユウヒみたいな良い意味でも悪い意味でも個性的な子が育つ訳ですし、覚醒者の仕組みはよく分かりませんがおそらくは正しいやり方なのでしょう。


 ですが、自分の壁にぶつかって苦しんでいる子がいるのも事実です。


 そこで私は折衷案を出しました。オプションの記録は、その係をする者が個人的に集めて先生に提出する。先生は、オプションが付かずに悩んでいる生徒や、どんな風に育てば強くなるかと悩んでいる生徒と相談する為にその記録を使う。これなら、生徒が事前に自分の育ち方を型に嵌めて考える危険は無くなりますし、かつての私のように壁に直面した生徒を救う事も出来ます。


 そして私の提案は、実験的にですが受け入れられる事になりました。この日記とは別に鍵付きノートを用意して、今はそこに上級生や同級生から聞き込みを行ったオプションについて書いています。


  メンターには申し訳ないのですが、その内容に関しては「秘密」です。先にも述べた通り、オプションの内容が公の物になり受け継がれていくのは悪影響だというのが先生達の見解ですので、それは例えメンターが相手でも変わりません。


 ですが、ここはあくまでも私の個人的な日記です。個人的な日記において、「友達」の話をする事は何ら不自然ではありません。例えそこにオプションに関わる情報があったとしてもです。


 なので、これから少し友達の話を書きたいと思います。

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