第27話 先輩
358日目
「いいよいいよ〜セクシーだねえ〜それじゃ1枚脱いでみよっか」
私が学園に来てから、もうすぐ1年が経ちます。思えば私のお菓子中毒から始まり、色んな事がありました。弟子入り、授業での訓練、先輩との修行、試験やイベント、どんどん仲が悪くなっていく2人の友人。私自身、学園に来た当初とは考え方も戦い方も大きく変わり、我ながら成長したのではないかと思っています。
「ほら早く、すっぽんぽんになっちゃおうか。タマルちゃんのメンターも喜ぶわよ絶対。かわいく撮ってあげるから」
カメラのシャッター音が個室の中で鳴り止みません。私は特にポーズなどつけず自然に立ち、目の前でテンションを上げながら無限に撮影を続ける学園長を冷めた目で見ていました。当然服なんて1枚も脱いでいません。
「じゃタマルちゃんコスプレはどう? バニーにナースにスチュワーデス、エロ衣装なら何でも出せるよ。スリングショットとかビキニアーマーとか貝殻水着とかきわどいの行っちゃう?」
行っちゃいません。いつも着ている制服で十分です。
「まあ、なんだかんだで制服が1番エロいか」
本当にこの人は救いようのない人です。
何故こんな変態と校内にある一室で写真を撮っているのかというと、ちゃんとした理由があります。
まず1つは、見た目の変化を記録する為。いわゆる成長記録という奴で、一定期間内で私達の身体がどのくらいの変化を起こしたかを資料として残す必要があるそうです。これは、私達の中からもしも覚醒者が出た時に役に立つかもしれないのと、単純に記念の意味もあるみたいです。
もう1つは、学園に私達を送り出したメンターに対して写真を送って、成長を確認してもらう事。これは送るのを拒否すれば行われないそうですが、私には別に拒否する理由もないので送る事にします。別に普通の写真ですし。
「もっと谷間とか強調出来る? タマルちゃん胸おっきくなったもんねえ。1年生で1番目か2番目に大きいんじゃない?」
人が気にしている事を平気で言う学園長。ですがこちらが気にしている事を悟られるとますます言われるので、平然とした態度を保ちます。
「その白いカチューシャもさらさらロングヘアーにほんとよく似合ってるわ! 本当にかわいい。最高よ! だから脱いで!」
こんな見え見えのお世辞で乗せられる訳がありません。
でもおそらく、私達の中には乗せられてヌード撮影してしまう子もいるんでしょう。だから学園長も調子に乗ってしまうのです。もちろん私は断固拒否です。
「……ちっ。タマルちゃんはほんとにガードが堅いわね」
覚醒者である学園長からすれば、無理やり脱がそうと思えば脱がす事も出来るんでしょうが、おそらく気分を盛り上げて自主的に服を脱がせる事に興奮を覚えるのでしょう。変態の思考回路などいちいち理解したくもありませんが、自衛の為には仕方のない部分もあります。
どうにか今日も貞操を守り、記録撮影を乗り切りました。
360日目
今日は、ベルム先輩とヒサ先輩に別れの挨拶をしました。
1年が経ったという事は、私達が2年生になる訳で。私達が2年生になるという事は、2年生が3年生になる訳で。3年生がどうなるかというと、それは当然卒業です。
ヒサ先輩には大変お世話になりました。『チャージショット』で育てた『インプラント』を遠心分離機にかけて上質な砂糖を作り出し、それで砂糖菓子を作ってもらったり、食というジャンルでは本当に頼りになる先輩です。これから2年、あの味が食べられなくなると思うと本当に寂しいですし、きっとまた私は禁断症状に苦しむ事になるでしょう。そんな話をすると、ヒサ先輩は優しく微笑みました。
「大げさよ、タマルちゃん。料理はあなたと同室のサトラちゃんに全部引き継いだから、安心して」
一体いつの間に、という感じですが、サトラはやる時はやる子です。
ベルム先輩は、私を弟子に誘ってくれたとても強い先輩です。カリス先輩を選んだ私に対しても、『フリーズ』と『スライド』について何かとアドバイスをくれました。
そして今では、ミカゲの師匠でもあります。「シューティングレース」で初めて私が3位に入賞した後、心の底から強くなりたいと願ったミカゲは、自分から頭を下げてベルム先輩に弟子入りしました。『斬波刀』の扱いにかけてベルム先輩は達人ですし、不思議と弟子はいませんでした。私が断ってからというもの、他の下級生に申し入れられても拒否していたという噂を聞きましたが、本当かどうか定かではありません。
でもミカゲの弟子入り志願は受け入れました。半年弱の間、ミカゲはみっちりと『斬波刀』の扱いを仕込まれ、今では1対1でユウヒを圧倒するまでになっています。
「あ、タマルちゃんいた」
廊下を歩いていると、ベルム先輩に呼び止められました。
私は一礼し「ご卒業、おめでとうございます」と目を見て言いました。
「まだ5日先だけどね」
「でも、これから先しばらく会えなくなるじゃないですか」
私からすればあと2年、ベルム先輩からすれば20日。外と学園とでは時間の流れが違いますから、ベルム先輩にとってはそうでなくても、私にとっては長い別れです。
「まあ、それもそうね」
ベルム先輩は廊下の窓から外を眺めました。外に戻ればこれから先は戦いの毎日。学園での何気ない日常はもう戻ってきません。これだけ頼りになる偉大な先輩でも、こんなに寂しそうな表情をするのかと気づくと、私はいてもたってもいられなくなりました。
「あ、あの! ベルム先輩!」
「ん? どうしたの?」
「……私がベルム先輩の誘いを断った事、まだ怒ってますか?」
もう1年近く前の事になりますが、怖くて確認出来なかった事でもあります。
「……うん。ちょっとトラウマね」と、ベルム先輩は真面目な顔で答えました。
あう……やっぱりまだ……と私が俯くと、肩をばしっと叩かれました。
「そんな訳ないでしょう! 今のは冗談よ、冗談」
普段のベルム先輩のイメージとはちょっと違う仕草に、妙にドキドキします。
「あ、そうだ。忘れてた。はいこれ、プレゼント」
ベルム先輩がそう言って取り出したのは、1本の口紅でした。
「まだ使ってない新品だから、安心して」
「え? どうして私に?」
弟子でもない私が、卒業する先輩からのプレゼントなんて受け取る資格がありません。
「最初のシューティングレースの時、私がカリスを抑えて1位になったの覚えてる?」
よく覚えています。ベルム先輩の凄まじいテクニックでそれまで優勝確実かと思われていたカリス先輩の記録を抜いた時の事です。
「あの時、カリスがあなたに賞品をプレゼントするって宣言してたでしょ? 1位になった後、実はね私もあなたの唇に似合いそうな物をこっそり学園長にリクエストしてたのよ」
私は息を飲み込みます。ベルム先輩の笑顔があまりにも眩しくて、呼吸も忘れてしまいそうだったからです。
「あなたが私を師匠に選ぶ前にこれを渡したら、物で釣るみたいで嫌だったのだけれど……作戦失敗だったかな? 結局今日まで渡しそびれちゃった」
私はベルム先輩から口紅を受け取り、じっと見ました。ベルム先輩が選んでくれた色。桜の花びらのような薄桃色。
「じゃ、渡す物も渡したし、私はこの辺で」
「ま、待ってください」
私は思わずベルム先輩を呼び止めました。でも、続けるべき言葉が見つかりません。私には、ベルム先輩に対して何も返せる物が無かったのです。
何も言えずにいる私を、ベルム先輩はいつものように見透かしました。
「あなたもこれから上級生になる。もし私に感謝しているのなら、下級生にその分を返してあげて」
気づくと、私の目から一粒の涙が零れていました。ベルム先輩はまたにこっと笑って、
「あ、ついでにミカゲもよろしく。『斬波刀』の腕はまだまだって感じだけど、あの子本気でタマルちゃんの事を慕ってるから」
私は涙を拭うと少し笑って、大きく頷きました。
師弟関係にはなれなかったけれど、学年も経験も性格も違うけれど、確かに私達の間には友情と呼んでも良い物があるように思います。
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