第53話 覚醒者
「C-L系能力の覚醒者であるエルは、空間生成、座標歪曲、位相移動が出来る。この建物も彼女が作った。あなたの部屋とサロンを繋げたのも彼女」
エルさんの方を見ると、聖母のような笑顔でうふふ、とこっちを向いていた。覚醒者だかなんだか知らないが、管理人と案内人でその性格にはかなりの差があるようだ。
「他にもう1人『職人』のアイ。この3人でPVDOという組織は成り立っている。ここまでは理解出来たか?」
エフのさげずむような視線は、「もう1回最初から説明してくれ」という喉元まで出かかった言葉を俺に飲み込ませた。代わりに俺は片手をあげて、ちょっと待ってくれとジェスチャーする。ここまでを整理しよう。
つまり、PVDOという組織は、この2人、じゃないまだ会ってない職人とやらも含めて3人の覚醒者とやらで成立している。全員タマルに似つつ、それでいて確実に違った見た目をしているが、持っている能力は計り知れない。今まで俺が翻弄されてきたあらゆる事象は、彼女のらの能力の一部だったという訳だ。
で、そのとてつもない組織であるPVDOの目的は裏の世界から侵攻してくるジーズだかバースだかよく分からん奴らを止める事。端的に言うと、世界を救う事。
1ヶ月前の俺だったら、こんな話を聞いた所で、はいはい分かりました病院はあちらですよと言って右から左に流していただろう。だが、俺は既にPVDOから恩恵を受けている。タマルとの出会い、サロンへの参加。どの場面を切り取ってもこの2人が言っている事との矛盾がなく、信じざるを得ない状況に追い込まれている。
「……質問してもいいですか?」
「答えられるものなら」
これで本人もネットを介した髪の毛と同じ対応だったら困るが、許可されたのでとりあえず問いかけてみる。
「あの、あなた達が俺達を守ってくれているのは理解出来たんですが、それならメンターは何の為にいるんですか?」
これは我ながらクリティカルな質問のように思えた。裏の世界とやらで戦ってくれているのはありがたい。放っておいたらジーズがこちらに来るというのもおそらくは事実なんだろう。もしあんなのが大量にこちらの世界に来たら、自衛隊でも対処出来るか分からない。何より能力を持っているのが厄介だ。
だが、それなら少女に能力を与えてここから直接派遣して戦えばいい。戦ってくれているのにこんな言い草は悪いのかもしれないが、だってそうだろ。俺が能力の組み合わせにうんうん首を捻ったり、勝ち負けで一喜一憂する必要もない。ただひたすら送り込めばいいだけじゃないか。
メンターの必要性などどこにもない。
「それには複数の理由がある」
エフは手応えある俺の質問も想定済みの事のように答えた。
「1つは、少女が成長する過程で我々のような覚醒者として目覚める可能性がある事。全く違う人物とやりとりを交わし、全く違う能力を付与される事によってランダム性に幅を持たせる必要がある。同じ環境、同じ能力、同じ遺伝子からは覚醒者は決して生まれない」
うむ。まあいまいち覚醒者云々の話が俺は飲み込めていないので、完全に納得した訳じゃないが、とにかくバラバラの環境を与える事自体が目的だと。
「1つは、万が一ジーズが表の世界に侵入した際の協力者になってもらう事。その場合、人類のほとんどが死滅する事になるが、協力者がある程度の数いれば人類という種を保存する為に打てる手が増える」
なんかサラッとやばい言葉が聞こえたが、まあ分からなくもない。ある日突然あんなもんが目の前に現れるよりは、あらかじめ知っておいた方がまだマシだ。俺も金さえあればシェルターを用意するだろう。
「1つは……」
エフが言葉を止めて俺を見た。俺は疑問符を浮かべて見返す。
「そうだな、もう1つの理由は何か、推理してみろ」
どぅえ!? ここでまさかの無茶振り!?
今まで流暢にすらすらと理由を述べてくれただけに、まさに不意打ちだった。
俺は必死に考える。さっさと降参して答えを教えてもらっても全然良かったのだが、ここまでずっと見下されてるとこっちも少しは良い所を見せたくなってくるものだ。
メンターとして俺がしてきた事に必ずヒントはあるはずだ。ランダムで配られる能力。ランキング、それとサロン。報酬。多額の金、自由時間。公平さを保つ為のルール。インターネットを用いた勧誘。これらが示唆する事は、たった1つ。
「君達は、俺達の事が『好き』なのか……?」
沈黙が流れた。ふむ、どうやら見事に当たってしまったようだな。俺達を楽しませる為にわざわざ回りくどい方法を用意して、PVDOという組織も作ったし、命がけで守ろうという訳だ。どうだ。正解だろ?
「気持ち悪い」
ガッサァとぶった斬られた俺は膝から崩れ落ちそうになった。
「確かに今のはちょっと気持ち悪いかも?」
エルさんまで俺に追い打ちをかけてくる。よし、分かった。切腹するから介錯頼む。辞世の句も考えよう。
「でもほんのちょっとだけ当たってる。あくまでもちょっとだけ」
なんだ、今のは照れ隠しか。
「正確には、私達、というより少女に『表の世界への執着と忠誠』を持ってもらう必要がある。ここまで言っても分からないか?」
先程よりますます俺を見下した目だ。その時、流石の俺でも閃いた。
「……もしかして、敵も『覚醒者』なのか?」
エルさんが小さく拍手をした。
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