第54話 決意

「食べながらでいいから聞いてくれ」


 3度目の自由時間で、俺はタマルを商店街のスイーツ屋に連れて来ていた。駅前の所よりは席数も多く、混んでもいないし人通りが多い訳でもないからゆっくり出来る。肝心の味の方もタマルは気に入ってくれたみたいだ。

 生まれて初めてのパフェに釘付けになっているタマルに俺はこう切り出した。


「橋本って分かるか?」

 タマルは横目でちらと俺を見て、あくまで主眼はパフェに置きながら頷く。

「サキちゃんのメンターで、俺の友達でもあるんだが、そいつが……終わった」

 表現が適切なのかどうかは分からないが、それ以外に適当な言葉が見当たらなかった。要するに、所持能力がゼロになり、メンターとしての資格を剥奪されたという事だ。


 それを聞いて、タマルの表情が変わった。俺の友達の橋本が終わったという事は、タマルの友達のサキちゃんが終わったという事でもある。


「それで、PVDOの本部に行って管理人と交渉した結果、サキちゃんを救う為の条件を出された」

 あのやりとりを交渉と呼んで良いものかは議論の分かれる所だが、出された条件はこれだ。


「タマルを手放す事。それが条件だった」


 メンターを失ったサキちゃんを保護する為に必要なのは新しいメンターだ。だが、過去別の人間に配属されていた少女を、新規の人間に渡す事は絶対に出来ないらしい。新しく参加した人に対して公平じゃないからだそうだ。ただ、既にメンターとしての経験を積んでいる人間ならばその限りではなく、俺が交換条件を受け入れるのならばその代わりにサキちゃんを新たに俺の管理下に置いてくれるらしい。

 だがメンター1人につき少女1人という原則は破れない。だからタマルに出て行ってもらう必要がある。


 タマルは俺の顔をじっと見ていた。

 俺はその無垢な視線に答えようと、管理人から聞いた事をありのまま伝える。


「タマルを手放すと言っても殺される訳じゃない。何やら学校に通ってもらう事になるらしい」

「学校、ですか?」

「ああ。タマルみたいな少女を集めた学校で3年間、能力の固定化を行う為に集団で暮らす。そして3年経って卒業した後は、固定化された能力を持って裏の世界で戦う事になる。『ジーズ』とかいうよく分からない怪物達と」


 3年間で能力が固定化される事は、他ならぬ橋本から前に聞いていた事だ。3年間同じ能力を持っていると、それが定着してわざわざ注射を打たなくても能力が使えるようになる。実用性皆無だと思っていたが、この為の胸糞悪い伏線だったという訳だ。


「裏の世界で戦う事になると、タマルが死ぬ可能性が出てくる。今までPVDOでの試合は勝っても負けても死んでも無傷でも、身体の異常は全て次の日には治されていた。けど、裏の世界だとそうはいかない。死んだら死んだまま。戻ってはこれない」


 本部に行ってすぐに俺が見せられた映像の中で戦っていた4人の少女は、文字通り命がけで戦いに臨み、表の世界を守るという使命を果たしていたという訳だ。


「ここまでは分かったか?」


 一応、過不足なく俺が今知っている事をタマルに説明した。タマルは無言のままこくりと頷き、パフェを一口食べた。


「で、ここからが本題なんだが……」

 俺は昨日の内に1つの残酷な決定をしていた。

「俺はタマルを手放さない」


 タマルの手が止まる。その瞳はまるで真空だった。俺を見透かしながら責めているようでもあり、感情を押し殺して疑問を呈しているようでもある。


「どうしてですか?」

 タマルの質問に、俺は素直に答える。

「タマルを殺されたくない。それだけだ」


「サキちゃんはいいんですか?」

 タマルは容赦なく俺の1番痛い所を刺す。橋本から頼まれて、管理人との交渉によりサキちゃんを救う選択肢が提示された。だが俺はそれを無視しようとしている。俺はせめて悪になるべく、強い言葉を選ぶ。

「サキちゃんは見捨てる」


 タマルが、持ったスプーンを置いた。精一杯の抗議のつもりだろうか。黙ったまま、俺から目を逸らして、何も言わない。


 こうなる事は俺も予想していたし覚悟も決めていた。俺のここ最近の活動は全てがタマルの為の物であり、それによってタマルも俺を好いてくれているはずだという無条件の承認を求める行為。俺の今回の決断はそれらを全て反故にする物で、これから先ずっと嫌われる事になったとしてもタマルの命だけは守ると俺は誓った。


「管理人の方からも、改めてタマルに説明すると言っていた。でもその前に俺から伝えたかった。なんとしてもタマルを殺される訳にはいかない。あらゆる犠牲を払ってでもタマルを守る」


 だから俺の決断を理解してくれなんて続ける気はない。ただ、今の率直な考えを包み隠さずに言うのが最低限の礼儀だと思った。


「……ズルいです」


 タマルはぽつりとそう呟いた。そして立ち上がると、食べかけのパフェを残して店を出て行った。


 俺には追いかけられなかった。

 追いかける資格が無かった。タマルが初めてした俺への反抗を、じっと噛み締めて耐えるだけだった。


 その後、1週間に1度の貴重な自由時間を俺とタマルはバラバラに過ごし、夜になった。時間になればまた勝手に会えるという甘えが無かった訳ではない。


 23時50分。


 いつものようにエルさんの能力で俺の家まで転送されてくる少女。


 顔を見てすぐ、それがタマルではなくサキちゃんだという事に俺は気づいた。

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