第8話 私に触って(中編)

 初手、ティーが即座にヒメカの息の根を止めようとした。ヒメカを利用する為に会話を続けていたが、ここで逃すくらいならば殺した方が最善という判断だった。


 ヒメカの発動。

 H-36-S『影分身』

 自身の影を能力を持たない分身として召喚する。


 ティーの動きを察知し、分身を前方に出してティーとの接触を防ぐ。召喚された分身はティーに触れられた事によって一瞬にして消滅したが、ヒメカはかろうじて無事だ。


 2手目、部屋の下方から1人の少女が飛び出してくる。


 ユウヒの発動。

 H-19-S『アンタッチャブル』

 合計5秒間、触れられない状態になる。


 更に『ジャンプ』を合わせて使い、ちょうど分身を殺したばかりのティーの腕を掠めて通過する。その際、相手に『インプラント』を植え込む事によって完成する「エイジサマスペシャル」は彼女の必殺技だった。


 3手目、ヒメカの殺害に失敗したティーが身を後ろに引く。『インプラント』を発動されている事を確認しつつ、壁の方に寄る。ユウヒの姿を確認し、『アンタッチャブル』を使える事を把握して反撃はしない。A-T系の覚醒者であるティーは、対象に触れる事が出来なければその能力を発動出来ない。『アンタッチャブル』は、言わばティーにとっての天敵だった。


 4手目、もう1人の乱入者、イツカが登場する。ユウヒと同じく『アンタッチャブル』の使い手であり、部屋の隣から壁を透過して突っ込んできた。高速『スライド』による移動でティーのすぐ側まで迫る。一方、ユウヒはヒメカの方に体重を傾ける。


 5手目、あらかじめ用意してあったこの能力。


 イツカの発動。

 A-23-I『タイムボム』

 小型の時限爆弾を召喚する。


 イツカが手に持った爆弾をティーに向かって放り投げた。ティーはそれに手を伸ばし、触れる事によって「無効化」を付与して爆弾を処理。だがその動きによって隙が発生し、『スライド』によって加速させたイツカの蹴りをもろに喰らう事となる。ティーの腹部に無視できない鈍痛。ティーの体勢が崩れ、床に膝をつきかける。ヒメカが近寄ってきたユウヒの身体に触れ、『融合』を発動。


 6手目、外がどうなっているのかは分からないが、この閉じられた空間において、天敵とも言える『アンタッチャブル』持ち2人を相手にするのは得策ではない。出入り口が無い為味方であるジーズの援軍も見込めないのも痛い。そう判断したティーが、触れた床に対して脱出のための穴を開ける。一方、『融合』によりヒメカと一体化したユウヒが再び『アンタッチャブル』を発動し、ヒメカの拘束が解ける。


 7手目、ティーが下の階に逃げようと重力に従って落ちる。だがそこには、近接格闘においてPVDO最強の呼び声も高い少女、ハスラが待ち構えていた。


 8手目、ハスラの右アッパー、ティーの右腕の骨が折れる。


 9手目、ハスラの膝蹴り、ティーの右腕の骨が砕ける。


 10手目、ハスラが肘鉄でティーの頭蓋骨を砕きに行くが、ティーの左手の僅かな動きを見てそれをキャンセルし、ほんの少し距離を取る。圧倒的にPVDO側有利な展開ではあるが、触れられれば負けというルールに変更はない。


 これら1手1手の間は僅か0.5秒。合計10手に渡る攻防だったが、ヒメカがティーを最後に挑発してからまだ5秒しか経っていない。血まみれになりながら構えるティーを上から続いて降りてきた3人が合流し、4人で囲う。


「はっ! 何が覚醒者ですか! 全然大した事ないですわ!」

 最初に叫んだのはユウヒ。ティーはこれを無視し、ハスラから視線を切らない。

「あなたはもう終わりですわよ! あっけない終わり方で残念だったわね!」

「……ユウヒ先輩うるさいです」

 そう宥めるイツカの方も、ティーは見ようとしない。この状況において、目の前の4人の中でハスラが最も厄介だというのが分かっているからだった。

 先ほどの一連の攻撃と、咄嗟の判断。ティーは既にハスラの戦力の分析を終えており、それは的確だった。


 ハスラの所持能力は、『ヴァンパリズム』『バリア』『代償強化』の3つ。しかしこの中で実際に効果を発揮しているのは『代償強化』の1つのみ。まずは『代償強化』により『バリア』を封印し、身体能力を強化、そして『ヴァンパリズム』により『代償強化』を3度重ねがけした上、『ヴァンパリズム』自体も封印し、更なる高みへと肉体を押し上げる。極めつけは、ここに突入する前に味方の少女にかけてもらった『闘争紋様』5回分。複数のオーラが混ざり、異様な気を全身から発するハスラの目はまさしく猛獣のそれであり、細腕にぎっしりと詰まった筋肉の質は人としての限界をとうに越えている。裏の世界において、主にC-G系能力等の身体能力強化効果は「1時間」で切れる。だが、ハスラがこの闘神モードになってからはまだ5分程度しか経過しておらず、ティーからすれば待ったとしても状況は好転しそうにない。


 ティーが腹部に抱えた鈍い痛みはまだ引かず、右腕の骨は砕けたまま。だがそれらは大した問題ではない。ティーは自身の身体に少しでも触れれば治す事が出来る。だが、その「触れる」という行為をさせてくれそうにない。無事な左腕を使って自身のどこに触れようとしても、その前にハスラの右ストレートが心臓もしくは頭蓋骨に突き刺さるからだ。もちろん、ハスラの方から仕掛けて来てくれたのなら、ハスラを先に触って殺す事が出来る。それをハスラも分かっているからこその絶妙な距離感だった。

 左腕1本では自身の身体を癒しつつハスラの攻撃へのカウンターを用意する事は出来ない。右腕は既に機能を失っており、少しでも不用意な動きをすれば死が待っている。


「さあ! いい加減に負けを認めるのですわ! 覚醒者ティー!」

 だが、このまま耐久戦に持ち込み、焦れたハスラが仕掛けてくるのを待つという戦略がティーには出来ない。何故なら、身体の内側では、ユウヒに仕掛けられた『インプラント』が成長を続けているからだ。もちろんこれもティーの能力によって治す事が出来る。触れられれば、という前提ではあるが。


 更にこれはティーも知らない事であるが、ユウヒがしきりに叫んでいるのにも意味がある。既にこの拠点はPVDOから派遣された4チームに囲われており、それぞれが戦闘型ジーズの相手をしている。そして戦況はPVDO側優勢。つまり、ティーに援軍が来る事はないが、ユウヒ達に援軍が来る事は有り得る。


「あなた、状況が分かっていないようだから、この学園歴代ナンバーワン優等生ユウヒ様が教えてあげますわ! ティー、あなたが今選べるのは、身体を治して私の『インプラント』を取り除き、ハスラからの致命傷を受けて死ぬか、『インプラント』が成長しきるのを待ってそのまま死ぬか。どちらか、2つに1つですのよ」

 もちろん、ユウヒに言われずともティーは分かっていた。あまりに高いテンションにイツカはユウヒをちらりと見る。この戦いの元凶とも言える覚醒者を追い詰めた最終局面だと言うのに、一切ブレないその性格は、むしろ賞賛に値する物なのかもしれないと考えを改め始めた所だった。


 ハスラはまばたき1つせず、無言でずっと敵を見つめている。虹色の波動を纏い、そこに一切の迷いは無い。

「……良く計画を練っていたみたいね」

 ティーはそう言うと、聞こえないくらいの小さい声で、少しだけくやしそうにぽつりと呟いた。

「せっかくのジーからの贈り物なのに……」


 最短距離でティーの左手が自身の服に触れる。同時、ハスラが動く。ほとんど一瞬の間に、拳がティーの心臓に突き刺さる。が、その感触は人間のそれではなかった。


 ティーは自身の身体に触れて治すのでもなく、ハスラに触れて倒すのでもなく、3つ目の選択をした。


 11手目、それはティーの奥の手。


 それは、あらかじめティーが身に纏っていた「生体装甲型ジーズ」の起動だった。

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