第9話 私に触って(後編)

 それは思考する鎧、あるいは着る戦闘生物、どちらとも言えたしどちらの表現でも的確だった。


 ハスラ渾身の一撃を受け止めたティーが壁に突っ込む。コンクリートが崩れて鉄筋が剥き出しになり、4人は砂煙でティーの姿を一瞬見失う。ハスラの攻撃が命中し、骨の砕ける音がしなかった時点でその変化には気づいていたものの、次に目の前に現れたティーの姿を見るとあのユウヒでさえ言葉を失った。


 元のティーよりも一回り大きくなった身体は、表面の滑らかな真っ白い筋肉によって包まれている。それは見慣れたジーズの肌の質感と酷似しており、その段階で直感的に「ジーズを纏っている」という表現がぴたりと当てはまる事に気づく。そして変身したティーの肩あたりからは、肘関節らしき物が2つある長いアームが4本生え、ティー本人の腕も合わせると、合計6本が前方に向かって構えている。下半身も当然分厚い皮に覆われて。白い筋肉の繊維が脈を打っている。


 そしてティーは既に自身の治療と『インプラント』の排除を終えている。形勢は逆転していた。


 今回の「ティー討伐作戦」の統括であるユウヒに突きつけられた選択肢は2つ。撤退か、あるいは任務継続か。見た所、ティーに与えられたダメージは軽微で、ハスラが殴った部分に若干の破損が見られる程度。しかしティーの新たな形態の戦力は不明。だがこちらの被害もまだほとんど無い。


 それでも、ユウヒが選んだのは「撤退」だった。覚醒者を前に侮りは死をもたらす。今回の討伐任務は前段階から2週間かけて練りこまれ、いつも一緒にいるジーとティーが離れているという情報を奇跡的に入手出来たからこそ実行出来た作戦だった。よって、敵の新たな戦力が判明した以上、安全策としては撤退が妥当という優等生として完璧な解答だった。


 とはいえ、どれだけ優秀な人間にも迷いは発生する。ほんの数秒、無線で撤退の指示を出し遅れるという、ミスにもカウント出来ないようなブレ。ティーにはそれで十分だった。


 ティーから伸びた4本のアームが瞬時に伸び、4人の心臓をそれぞれ貫いた。ユウヒ、イツカ、そしてユウヒと『融合』を発動していたヒメカはギリギリの所で『アンタッチャブル』によって回避する事に成功したが、ハスラはいつでも突撃出来るように重心を傾けていた事もあり、回避が出来なかった。咄嗟に軌道を見切り、両腕で胸を防御したが、ティーから伸びたアームは酷く鋭利で、腕ごと貫いてハスラの心臓を破った。


 無口なハスラは、死ぬ時も無言だった。


「撤退! 全員撤退!」

 ユウヒが叫ぶ。遅すぎた事に後悔している時間はない。ハスラの事を気遣っている余裕もない。悲しんでいる場合でもない。ただ逃げる。それしか出来なかった。


 ―――PVDO本部―――


 結果的には失敗に終わった、今回の「ティー討伐作戦」。一部始終を収めた映像が作戦会議室には流れていた。それを見るのは今回の作戦に関わった少女達17名。それと休出されたヒメカ。4名5チームでの共同作戦であった為、3名が帰らなかった計算になる。


「収穫はあった」

 重苦しい空気の中、珍しく司令室から出てきたエフがそう言った。

「新型のジーズ、仮に生体装甲型とでも名付けようか。その存在が確認出来ただけでも十分な利益であり、相手の拠点を1つ壊滅させた事も戦況の好転と言える。更に捕まっていたヒメカの救出も成功。ティーの能力について重要な情報も手に入れた」


「ハスラ、メラクト、ライマ」

 エフの隣に座り、背もたれに体重を預けながら両腕を頭の後ろで組んだタムが犠牲者の名前を並べた。

「トップクラスの能力者3人の犠牲を払って覚醒者1人殺せなった。この情報も収穫か?」

「彼女達の死は決して無駄ではない」

「良い台詞だ。私が死んだ時もそれ言ってくれ」


 タムの静かで凍えるような怒りが会議室を冷やしていた。エフは気にせず続ける。

「今回の作戦でティーに対して『アンタッチャブル』が有効な事がはっきり証明された事も大きい。特にユウヒ、イツカ、お前達の働きは期待以上だった。今後も対ティー用に訓練を怠るな」

 いつも騒がしいユウヒが、珍しく静かだった。自身の判断がもう少し早ければ、少なくともハスラは助けられたのではないかという疑いがそう簡単に払えるものではない。

「分かりました」イツカは答える。そしてそっとユウヒの肩を撫でる。

「かしこまり……ましたわ」内臓を全て絞ってかろうじて出たような返事を聞いてもなお、エフは淡々と話を進める。


「ティーの生体装甲に関しては、次の学園の入学でサポート役を減らし、『生体移動』を持った少女を多数用意する事で対策する予定だ」

 『アンタッチャブル』がティーに対するアンチ能力であるのと同じように、『生体移動』はジーに対するアンチ能力と言える。認識さえすれば人間以外の生物を彼方に飛ばす事が出来るこの能力はもちろんジーズにも有効であり、ティーの纏う生体装甲型も『生体移動』を持った少女がいれば武装を解除させる事自体が用意だからだ。


「更に今回はティーの属性付与について重要な事が分かった。ヒメカ」

 エフに名前を呼ばれてヒメカが立ち上がる。

「ティーは私を拘束した後、交換条件を出して懐柔して来ようとしました。何故洗脳しないのか尋ねると、その後の会話で私が持っている能力のどれかを欲しがっている事が分かりました」

 ヒメカの所持能力は『影分身』『融合』『デザインセクト』。ティーの属性付与によって洗脳された少女が能力を使えなくなる事が真であるならば、この中のいずれかがティーにとって必要な能力という事になる。


「どれを欲しがっているかまでは分からないが、重要なのは既に自主的な裏切りを行なった者で、元から持っていた能力を扱えている者に関しては、再度こちらに寝返らせる事も可能という点だ。情報が真実ならば、ティーの能力による洗脳が行われていない事になる」

「1度裏切った奴を信用出来るかはまた別の話だがな」

 横槍を入れるタムは天井を見ている。

「だが、基本的に裏切り者が討伐対象である事自体に変化はない。これにて今回のティー討伐作戦は終了とする」

 エフが周りを見渡す。

「解散」


 任務「ティー討伐作戦」失敗。


 会議室を出た廊下で、ヒメカがユウヒを呼び止める。ユウヒは今にも泣き出しそうな表情で、差し出された手を見る。

「私は……私はユウヒさんに助けてもらいました」

 ヒメカがユウヒの手を奪うように取り、体温が伝わるようにぎゅっと握る。

「あ……当たり前ですわ」

 精一杯、いつもの強気な調子を演じようとするユウヒだったが、どうも上手くいかない。

「次は必ず倒しましょう」

「ええ……もちろん」

 眼鏡のレンズ越しのユウヒの目には、小さな希望が映っていた。

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