第18話 マッチョ無双

 戦闘開始。

 タマルと対戦相手が転送される。気のせい、あるいは俺の願望かもしれないが、相手の子が少しだけ驚いた表情を見せた気がした。もしそうなら、俺の策は上手くいっているという事になる。


 相手の発動。

 A-20-I『痛石』

 命中すると激痛を与える石を召喚する。


 1戦目とは違う能力を使ってきた。これも順調な流れではある。だがまだ安心出来ない。『痛石』はカテゴリ的には『雹弾』と同じく遠距離武器なので、『雹弾』温存の為に代わりに採用してきた可能性がある。


 相手は手に持った石を投げてきた。物理的ダメージこそ道端に落ちてある石と同等だが、説明にある通り当たれば痛みがあるらしい。出来ればタマルにそんな思いはさせたくない。


 タマルの発動。

 C-16-G『用心棒』

 身体能力の強化された人間を召喚する。その人間が死亡した場合、発動者も死亡する。


 被りに被ったC-G系の内の1つ。単純な戦闘能力ではかなり上の方の能力だと思う。C-B系ではないが、C-B系で強化された人間と同等の味方が手に入るのだから、リスクは大きいが頼りにはなる。


 召喚されたのは、筋肉もりもりのマッチョマン。背は多分200cm近くあるし、体重も俺の倍はありそうだ。その癖タマルと同じ戦闘スーツを着ているのでピチピチになってる。ぱっと見はただの変態だが頼りにしてるぞ!


「弾け!」

 タマルの指示に、マッチョが従う。飛んできた石を手の甲でバシっと弾く。顔がのっぺらぼうだが、タマルの指示は聞こえているらしい。だがあくまで人間なので、おそらく『痛石』の効果により痛みが走っているはずだが、表情が無いので分からない。


「攻めて! 石は出来るだけ避けけ!」

 指示を飛ばしながら、マッチョについていくタマル。対戦相手は後ずさりながら『痛石』を召喚して投げるが、大したスピードじゃない。マッチョがえらい機敏な動きでジグザグに石をかわし、確実かつ迅速に距離を詰めていく。相手からしたら恐怖でしかないだろう。


 数秒後にはマッチョが相手の首ねっこを掴んでいた。相手は『痛石』を召喚してマッチョに押し付けようとしたが、追いついたタマルがそれを叩き落とした。


 ここまで追い詰められれば、相手は2つ目の能力を発動するはず。

 もし「持っていれば」だが。


 少しの間があいた。

「……やって」

 タマルの命令。


 言われた通り、マッチョが相手の首を圧し折った。


 決着。

 タマルの勝利。


 さて、種明かしといこう。

 今回、こちらは『用心棒』の能力1つのみを使った。相手は『痛石』しか使わずに負けた。

 何故このような状況になったのか? 答えは単純明快。相手が強すぎたからだ。


 前回の敗戦後、1日かけて俺が気づいたのは、棄権の条件についてだった。あの不親切な、100万渡しておいてそれを黙って消す最悪な管理人は、棄権の条件を問う俺の質問にこう答えた。


『被験者に能力の注入をしなかった場合』


 今までの試合、俺は能力を3つフルに使って戦ってきたし、動画でも大抵は能力を3つ使う。使わない場合は使う前に負けたのだとばかり思っていた。それによって、PVDOは能力を3つ使って戦う物だという思い込みが出来ていた。しかしそんな事は今まで1度も言われていない。HEAD、ARMS、CORE、最大3つまで能力が付与出来るというだけで、その内の1つでも構わないのだ。


 最初から棄権する場合は、能力を注入せずに送り出せばそれでいい。だが、1つでも注入されているのなら、対戦は成立し戦う事になる。今回の試合でそれが確定した。


 つまりこれは、「半棄権」とも言える戦略だ。相手がちゃんと3つ能力を選んでいれば、こちらが1つあるいは2つの場合、よっぽど相性が良い等で無い限りまず負ける。だが、相手も同じく「半棄権」であれば勝負は分からない。バトルとしては発動する能力が少なくて見ごたえが無いかもしれないが、そんな事は知らん。


 相手が「半棄権」してくる可能性は高かった。ほとんど何も出来ずに負けた1戦目。あれで相手はこちらの実力をおおよそ読み取ったはずだ。もう1度『雹弾』+『フリーズ』+『限定強化』を使えば確実に勝てる。だが、相手はこう思う。「使う必要あるか?」


 これだけの実力差を見せられれば、相手は棄権するはず。そう思っても不思議ではない。相手が棄権するなら、「半棄権」すれば能力1つを消費して能力5つ拾える。タダみたいなもんだ。


 もちろん、相手がそう考えずに、きっちり2戦目を取りに来る可能性もあるにはあった。だが、そうして勝てたとしても2-0で次は1日休み。能力を積極的に得に行く動きとしてはうまみがない。


 ポーカーと同じく、強い手札の時は限界まで勝つ。それがこのPVDOで長くやるコツだ。


「よく気づいたな」

 サロンに行って、以上の理屈を長ったらしく、自慢げに調子こきこき語ると、橋本は素直に感心してくれた。

「どうだかな。相手のツメが甘くなければ能力1つをただ失ってただけだぜ」

 今日も勝ったらしく、比較的上機嫌な浅見先輩は続ける。

「それに、肝心の『最強』対策はどうすんだ? 次こそは棄権しかねえだろ。どっち道ランクは上がらねえ」


 ご指摘の通り、今回は賢い立ち回りで少しばかりの得をしたが、根本的な対策には至っていない。だが、チャンスは全く無い訳ではない。


「……一応、今日の勝ちで1つ能力がもらえるので、それで狙ってみたい事があります」

「あん? お前の手持ちにたかだか1つ足して、『最強』に勝てるってのか?」

 指定した系統の能力から、それをピンポイントで引ける確率は30分の1。

 まあ確かに、ここまでの俺の流れ的に引ける気はしないな。

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