第4話 アプリオリ(前編)

 その真っ白な部屋は昼夜を問わず一定の光で満たされ、唯一の出入り口であるドアに対して部屋は縦長に伸び、左右の壁には取っ手と名札のついた引き出しが3列で並んでいる。そこは少女達の「墓」だった。その内の1つが開いている。その中に入ったベルムの遺体を2人が見下ろす。


 1人はビュティヘアと名付けられた少女。その名の通り、ツヤがあってさらさらな美しい髪は長く、足首まで伸びている。いつもは人懐っこい笑顔を絶やさない彼女だったが、この深刻な状況においては悲痛な表情を隠せずにいた。

 引き出しを挟んで向かい側に立ったミカゲが、そっとベルムの顔に手を伸ばす。薬指の背でベルムの頬を撫でると、生きている時とほとんど変わらないその感触がむしろ強く現実味を与えた。


 ミカゲとビュティヘアの2人が来ていたのは、PVDO本部にある遺体安置所。裏の世界の任務において少女が死亡すると、遺体を回収出来た場合のみこの場所に安置される決まりとなっている。びっしりと並んだ引き出しの中には、それぞれ名札に名前を書かれた少女の遺体が薬剤に浸された状態で保存されている。火葬も土葬もされない理由は、もしかすると将来的に死体から何かを得る事の出来る能力が発見されるかもしれないのを想定しての事だった。


 彼女達にとって、試合や訓練での死はこれまで何度も体験してきた事だ。しかしそれは、覚醒者の能力によって意識を外部領域に常時保存した状態における死であり、2度と戻ってこれない死とは意味合いがまるで違う。言わば夢の中での死と現実での死の違いに似ている。


 学園において、ベルムはミカゲの師匠だった。『斬波刀』使いの達人ベルム。直接師事した時間は短かったが学ぶ事はとても多く、ミカゲの性格を形成していた。


「ミカゲさん、そろそろミーティング始まるよ?」

「……ああ、分かってる」


 ベルムの入った引き出しを1度締めれば、液体の注入が開始され、覚醒者以外では開ける事が出来なくなる。いずれにせよもう2度とベルムと会えない事は分かっていても、それでも、その扉を自ら閉めるのにはジーズ達と戦うのとは別の勇気が必要だった。


 涙を堪えつつ葛藤するミカゲ。


 ビュティヘアの発動。

 A-12-I『インフィナイフ』

 ナイフを召喚する。


 ビュティヘアは手に持ったナイフを使って、ベルムの髪の毛を少し切り、束に纏める。それをミカゲに差し出し、この状況では精一杯の笑顔で告げる。

「ベルムさんと一緒に行こうよ」

 ミカゲはそれを受け取り、ぎゅっと握りしめた。濡れぬように涙をもう片方の手で拭う。

「ビュティヘア、1つ頼みがある」


 ―――PVDO本部 作戦会議室―――


「あら」

 会議室に入ってきたミカゲを見て、エルが軽い驚きの声をあげた。長かった髪をばっさりと切ったミカゲの姿がそこにあったからだ。

「ショートも結構似合うわね、ミカゲちゃん。気分転換か何か?」

「いえ……そういう訳では」

 言い淀むミカゲの態度と、その隣に立ったビュティヘアを見てエルも気づいた。

「たった1人の師匠だったものね」


 ミカゲがビュティヘアに頼んだのは、自身の髪を切ってもらう事だった。ベルムの髪束を持っていく代わりに、ベルムが寂しく無いようにとミカゲの髪束を置いていったのだ。ビュティヘアは手先が器用で、他の少女の髪の手入れも得意だった。そしてミカゲの短く切った髪は、これから行う任務に対する覚悟の表れでもある。


「揃った。エル、始めて」

 既に会議室のテーブルについていた少女がそう言った。名前はファクト。緑と白の混ざった外はねボブの少女で、ゴーグル型の眼鏡をかけている。遅れてきたミカゲとビュティヘアに対して怒るでもなく同情するでもなく、ただ淡々と仕事を進めようとうとする。その隣には今回の任務のサポート役であるサイリ。サポートは皆そうだが、彼女もまた無口だった。


 ミカゲとビュティヘアが席に着き、エルがスイッチを入れると会議室のモニターに地図が映し出された。横浜駅周辺と、建物のデータが並んだリストだ。


「今回の任務は、『拠点確保』よ」


 タムの率いるチームが発見した敵ジーズの新拠点に対し、PVDOは2チームの偵察部隊を送り、ある程度の情報を得る事に成功していた。その結果分かったのは以下の通り。


 現在、ジーズの拠点は横浜駅を中心に、地下街、駅ビル内に広がっており、その勢力は増しつつある。今の所覚醒者は目撃されていないが、裏切り者はラルカの他にも2名が確認されている。

 駅の中にはまだ孵化していないジーズの卵と、その世話をする汎用型、更に警護に当たっている戦闘型がいる。駅の先にある地下街では、生まれたばかりのジーズの訓練が行われている。

「訓練? ジーズが?」

 疑問を呈したのはファクト。

「ええ、そうよ。今回確認された新型のジーズには最初から役割がある訳じゃないみたいなの」

 覚醒者ジーの召喚する生物であるジーズは、当然最初から何らかの機能があり、それに応じた役割を担っている。汎用型、戦闘型、運搬型、大きさや能力にもそれぞれ違いがあり、召喚された瞬間から完成していて、ジーの命令通りに働き続ける。よって、訓練などは必要無いとされていた。

「……まずいな」

 ファクトがそう呟いた。その深刻な表情にミカゲが疑問を投げかける。

「そうですか? 訓練の時間が必要であるという事は相手にとって明らかなデメリットです。手間もかかりますし、孵化前と訓練中で2回叩けるチャンスがあります」

「訓練する事は成長する事、ですね?」

 エルがビュティヘアの意見に「その通り」と頷き、続ける。

「学園を卒業したあなた達なら、成長という要素の有効さについて身を持って理解しているはずよ」

 増殖型ジーズの生態についてはまだまだ謎が多い。しかし、放っておけない問題である事は確かだった。ジーズの数が増えるという事は、そのまま裏の世界においての勢力拡大を意味し、PVDO側の戦力的な不利はやがて明確な敗北へと変わる。もしPVDOが次元結晶を確保出来なくなるほどに追い詰められれば対抗手段はもはや無くなる。


「とはいえ、増殖型には他にも弱点はあるはず。未だにメインの戦場である渋谷、新宿、銀座、秋葉原のどこでも発見されていない事とか、裏切り者が多数派遣されている事におそらく何かしら関係している。と、エフは予想しているわ。あなた達には先遣部隊として横浜に私達の拠点を作ってもらう。最終日までには必ず新しい部隊を派遣するから、合流して新たな任務にあたってもらう。うふふ、忙しくなるわよ」


 戦況は割と緊迫しているが、エルの態度は至ってマイペースだった。その後、拠点について備えるべき条件と、目ぼしい場所を相談し、増殖型に関するいくつかの推論がなされた後、エルがミーティングを締めくくった。

「それでは、30分後に出発。各自準備を済ませて」


 3人は会議室を出ていったが、ミカゲだけは残っていた。そしてエルに切り出す。

「エルさん、1つ頼みがあります」

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