第3話 夜行(後編)
「相手が格下なのは不満だが、1発ぶん殴ってやらないと気がすまない。そっちは横浜駅を調べろ。私はこいつを倒してから帰る」
それだけ伝えると、タムはインカムのスイッチを切った。
カリスは呆れた様子で、シャルルはむしろ困惑した様子で、フィロを含めて3人が横浜駅に向かって走り始めた。今回のリーダーはあくまでもタムであり、悠長に相談している時間はない。
やがて目的地に辿り着いたカリスとフィロは、目の前の光景に絶句する。目が見えていないシャルルでも、その臭いと音で状況の最悪さは理解出来た。
そこはジーズの「巣」と呼べる場所だった。人間と同じ大きさの繭のような物が、構内には所狭しと並び、壁や柱に張り付いてどくどくと脈を打っている。その隙間で何かを運ぶ四足歩行のジーズもうろついていた。繭の数は、視界に収まるだけでもゆうに100は超えており、どこまで続いているのかが分からない。シャルル達は壁の陰に隠れて様子を伺っていたが、その場所もいつまで安全かは分からない。
「……シャルル、PVDOの本部に戻ろう」
カリスが悔しさの滲む言葉で自身の判断を口にした。
たった3人、仮にタムが合流出来たとしても4人では、どうこう出来る規模の物ではないのは明らかだった。むしろさっさと本部へ戻り、破壊工作に長けた大規模な部隊を組んで戻って来なければ手遅れになる。
「戻るのには同意です。でも、もう少し情報を収集した方が良いのではないですか」
「失った視力でか?」
シャルルの『ペーストフィール』は偵察にも向いた能力ではある。だが、先ほどの大規模な『ビーム』攻撃によって、シャルルはその視力を失っていた。
「私も既に『リバイブ』を使ったから『アミニット』が使えない。この状況ではロクな情報など集められない。この場合の最悪は、タムも含めて我々がここで全滅する事だ」
タム程とは言えないまでも、カリスにもこれまでの任務で培った経験がある。
「これは明らかに新型のジーズだ。巣を作って増える自己増殖型って所か。未知の敵を相手にたった4人ではリスクが大きすぎる」
「では裏切り者の件はどうするんですか? ベルムさんを殺した人物と、今タムさんが相手にしている人物」
「それについても報告が必要だ。だから今すぐ戻る必要がある」
「……タムさんを見捨てるんですか?」
カリスがにこっと笑う。
「あの人はそんなにやわじゃないよ」
こうして、3人は次元結晶を折り、今回の任務を終了した。
―――PVDO本部―――
「おかえり。あら、ずいぶんお疲れみたいね」
案内人エルが紅茶を飲みながら3人を出迎える。カリスが転送部屋の中を見渡し、尋ねた。
「タムさんは戻ってきてないですか?」
転送部屋と言っても、その実エルの自室であり、アンティークの家具と風景写真集の並んだ本棚もある。
「まだあっちみたいね」
カリスとシャルルが顔を見合わせた。その時、
「くそが!!」
片腕を失くしたタムが部屋に突然現れた。出血は酷く、そのダメージと怒りと悔しさの混ざった態度は明らかに勝利による物ではなかった。
「ラルカだ。あの野郎、生きてやがった」
足を引きずりながらエルに迫るタムをフィロが抑える。『ヒール』を発動し、失った左腕を治癒する。
「ラルカが横浜に? それは思っていたよりまずい事態ね」
「あの……」
2人で話し始めてしまいそうになっている所を止めるように、シャルルが声をあげた。
「もっとまずい事があります」
エルと共に管理人エフのいる司令室に移動した4人は任務報告を続ける。
まずはベルムの死。外傷は無く、一瞬で命を奪われている点から、裏切り者か覚醒者の関与が疑われるという事。エフに動揺した様子はなく、粛々と事務的に兵員の死亡が記録される。人数の減少は確かに痛手ではあるが、決して珍しい事ではないのをその態度は語っていた。
次に地下に仕掛けられた罠と、ラルカとの遭遇。ラルカはタムと同じく学園の1期生であり、最初の裏切り者でもある。以前、深手を負わせたが逃げられた。その片眼がジーズで出来た義眼になっていた事も合わせて報告された。
極め付けは横浜駅がジーズの巣窟と化していた事。
「義眼に巣、か。あちらにも何かしらのブレイクスルーがあったようだな」
ずっと黙って報告を聞いていたエフが口を開いた。
これまでジーズとは、全て覚醒者ジーの召喚する生物の事を指していた。あとはせいぜい死体を集めて再生するプラントが存在するくらいで、自己増殖型は確認されていなかったのだ。
あちらにも、というのは言うまでもなくPVDOの覚醒者アイが発見した新能力群の事を指しての台詞だ。
「直近の報告によれば、ジーもティーも東京の本拠地から動いていない。だから横浜にあるのはせいぜい再生プラントだと考えていた。大部隊を編成する必要があるな」
そう言って、エフは自身の髪の毛が繋がったコンピューターを操り、すぐに並行して作業を進める。
「1つ聞きたい」と、タム。
「何だ?」
「ベルムと同じチームだった『死線』の使い手はどいつだ?」
沈黙。タムはベルムの死体を見た時から既に、その死因が『死線』である事に気づいていた。『死線』は実際に発動するまでそれを発動している事を悟らせない効果があり、更に発動してしまえば強制的に相手を殺す。つまり、後ろから味方を偽って刺すには持ってこいの能力だった。
「ベルムの死体は頭部が異常に軽かった。覚醒者が東京から動いてないのが真実なら、偽装の可能性もない。そいつが犯人で裏切り者だ」
エフはあくまで上からの態度で事務的に答える。
「それを知った所でどうする? お前に討伐命令を出すかどうかは私が決める事だ。違うか?」
「違うね。裏切り者は全員元から討伐対象だ」
タムの感情が昂ぶっている。隣に立っていたシャルルは明確にそれを感じていた。裏の世界でラルカという少女と会ってからというもの、タムは明らかに冷静さを喪失している。
「隠したってどうせ他の奴に聞く。何なら私のメンターに聞いてもいい」
エフがため息をついた。
「ジンクス。新人だった。だがまだ見つけたとしても殺すな。犯人と決まった訳じゃない」
「……ああ、分かってるよ」
この人は分かってない。シャルルとカリスの意見は心の中で一致していた。
任務『新たなジーズ拠点の探索と調査』完了。
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