第2話 夜行(中編)

 深い闇がどこまでも続き、そこを真っ直ぐに伸びる2組の線路が僅かな光を反射して境界を引いている。ここは「裏の世界」であり、電車も来なければ電気さえ通っていない。轢かれる心配こそないが、線路の先に何があるかは分からない。

 先頭を行くシャルルと、後方を守るフィロが灯りを提げている。左右にはトンネルの壁、どこまで行っても変わらず、電車に乗ればあっという間の区間も徒歩ではそれなりに時間がかかる。

 タム達4人は馬車道駅を出て横浜駅に向かって地下を進む。行く方向を決めたのは、ジーズ達の新拠点があったとして、物資の輸送の為にこういった線路を使用する事は容易に想像がつき、となればアクセスが良く敷地も広大な横浜駅は、拠点として大いにありえるというタムの推理による物だった。


 およそ10秒間隔で、先頭のシャルルが自身の首から下げた特製の犬笛を鳴らす。音はトンネル内で何度も反響し、シャルルの耳元に返ってくる。


 旅をするなら殺風景であるが、状況はシャルルの持つ特技と合致していた。彼女の耳は大変優れていて、音の微妙な違いによってそこにある物や広さを把握する事が出来た。タムの地下を進むという案も、シャルルのこの秀でた才能が前提として立案された物だった。


「もしこの先にジーズ達の新拠点があったとしたら、どうするんですか?」

 シャルルの質問にタムが答える。

「規模にもよるが、無茶はしないさ。裏切り者が誰で何人かが分かれば大成功って所だな。覚醒者がいたら1発ぶん殴ってから帰る」

 振り返ったシャルルが、驚いた顔でカリスの方を見る。

「冗談に決まってるだろ? 覚醒者を見つけたら速攻で次元結晶を折れ。そこに関しては教科書通りでいい」

 タムのする判断は、時々学園での教えに背くような事である場合がある。初任務であるシャルルはそれを不安に思ったが、しかし何度も行ってきた任務でタムが生き残り続けてきたのもまた事実。つい先ほど見たベルムの死体が脳裏をよぎると、タムの自信過剰もむしろ頼もしげに見えた。


 笛を鳴らした直後、シャルルがその歩みを止めた。

「……前方から何か来ます」

 さながらコウモリの行うエコーロケーションのように、シャルルにはその姿形が何となく予想出来た。分かったのは巨大かつ高速。そして形は「球」あと1分程度にこちらへ辿り着くだろう。

「シャルル」

 タムに名前を呼ばれる前から、すべき事は分かっていた。


 シャルルの発動。

 A-39-T『ペーストフィール』

 触れた部位に自身の目、鼻、口、耳いずれかのコピーを貼り付ける。


 自身の「目」をトンネルの壁に仕掛けていく。この地下において、逃げるには後退するしかないが、それにしても向かってきている物の速度からすると、時間稼ぎは必要だ。それと同時に、


 カリスの発動。

 A-10-R『チャージショット』

 手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。


 カリスもエネルギーをその手に溜め始める。数秒後、作業を行なっていたシャルルが気づいた。


「……後ろからも来ています。こっちは2足歩行で、人数は3名」


 『ペーストフィール』によってシャルルはここまでの道中で自身の「耳」を等間隔で設置しておいた。そのおかげで早めに察知出来た分だけマシだが、かなりまずい状況である事に変わりは無い。


「挟み撃ち、か。なるほど、ベルムの死体は餌だった訳だ」

 まるで他人事のように言うタムにシャルルは明確な不信感を覚える。地下を行く提案をしたのは他でもない彼女だ。

「3人、って所が問題だな。ベルムを除いた他のチームメイトの人数でもあるが、裏の世界にいる覚醒者の人数でもある」

 カリスが明らかに苛ついた様子で尋ねる。

「で、結局どうするんですか。前方から来るジーズを迎撃するのか、後方から来る人間型を迎撃するのか」

 数秒の間の後、タムは言った。

「どっちもやる」


 ―――みなとみらい線 馬車道駅から横浜駅区間―――


 トンネルを転がって進む丸い身体と、無数についてはいるが機能していない目。地下を転がり、逃げ場の無い相手を轢き殺す為に作られた巨大ジーズが、4人の方へと迫っていた。


 それを迎え撃つのはカリス、シャルル、フィロの3名。タムはたった1人で来た道を戻り、謎の3人組に向かっている。


「無茶はしないで下さいよ」

 無線からそんな声が聞こえると、タムは「相手次第だな」と気楽に答えた。

 向かって来ている巨大ジーズも文字通り大きな問題だが、追いかけて来ている3人はそれよりも不気味な存在だ。もしもシャルルがこのチームにおらず、気づかず挟み撃ちを受けていれば任務はこの段階で終わっていた。


 1分後、その一見生物には見えない姿を3人ともが同時に捉えた。何もしなければ轢き殺され、巨大ジーズ自体もそれに気づかないであろう事が予見出来た。3人が構える。


「行くぞ!」

 まずは先制攻撃。カリスが1分ほど溜めた『チャージショット』を放出する。エネルギー弾がジーズに命中すると同時、破裂するような音と共に肉が裂けて体液が噴出し、ジーズがその速度を落とした。続けて、シャルルの必殺技も炸裂する。


 シャルルの発動

 H-09-F『ビーム』

 目からビームを照射する。


 先ほど設置しておいた無数の目から、同時に眩い閃光が放たれる。それは先ほどのカリスの一撃で露出して明らかになったジーズの内部を焼き、ばらばらの肉塊に変えていく。トンネルを隙間なく埋める程の巨体も、2つの光学系能力のコンボによって分解されつつある。


「覚悟は決まったか?」と、カリス。

「止まるつもりはありません」と、シャルル。


 カリスの発動。

 C-09-B『アミニット』

 1分間、身体能力を強化する。効果が切れると同時に死亡する。


 シャルルの発動。

 C-37-B『ナイトライダー』

 視界を失っている間だけ肉体を強化する。


 身体能力を大幅に強化した2人が、肉の海へと突っ込んで行く。タムの立てた突破作戦は、一見無謀な物に見えたが2人の予想よりもうまくいっていた。2人は並んで拳を使い、肉塊を叩き崩しながら前へ進んで行く。フィロも後ろから『空中浮遊』でその動きに追従する。


 やがて巨大なジーズの体内を突破した3人は、その体液にまみれて汚れつつも、全員が無傷だった。

「ジャスト1分。1度死ぬぞ」

 カリスがそう言った直後、本当に死んだ。『アミニット』の効果による物だ。既に視力を失ったシャルルにはその様子は見えなかったが、カリスが倒れた事とその5秒後に復活した事は分かった。


「タムさん、こちらは無事に突破しました」

 シャルルが無線で報告すると、先ほど会話していた時よりも明らかにテンションの落ちた声が返ってきた。

「おつかれ」

「そちらはどうですか?」

「……ああ。久々に嫌な奴に会っちまった」


 来た道を戻ったタムの前には、1人の少女と2匹の人型ジーズがいた。覚醒者ではなかった事が幸運だったが、タムの知り合いだった事は不運だった。


「酷い言い方。口が悪いのは治ってないみたいね」

 紫色の髪をした少女が微笑む。明らかにPVDOの物ではない戦闘用スーツに身を包み、3人が倒したのと同じく球体だが非常に小さいジーズが左眼窩に収まっていた。

 タムが臨戦態勢に入る。

「裏切り者、ラルカ。随分と元気そうじゃないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る